SSブログ

10月14日(水) 自民党の変貌―ハトとタカの相克はなぜ終焉したか(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、岩波書店発行の雑誌『世界』10月号に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

3 「統治政党」としての能力の喪失

 「本流」となった旧保守傍流路線

 このようにして、旧保守傍流路線は自民党内での正統性を確立し、今日では「本流」となっている。派閥の系譜から言えば、その転換点は森喜朗政権の成立だが、政策内容や政治手法の点では、その後の小泉政権が画期だったと思われる。小泉政権のもとで自民党内におけるヘゲモニーが大きく転換し、現在の安倍政権において決定的となった。
 第一に、旧保守本流の政治路線の特徴であった解釈改憲路線は、明文改憲と実質(立法)改憲をも含み込んだ総合的な改憲路線に転換した。安倍政権は閣議決定によって集団的自衛権の行使容認についての解釈を変更し、将来の九条改憲を展望しつつ安全保障法制の整備という立法によって実質的な改憲を行おうとしている。
 第二に、経済主義路線も政治主義路線に席を譲った。経済優先の政策によって政治的な対立を避け利益誘導などを通じて政治を運営するというやり方から、TPP(環太平洋経済連携協定)への参加、特定秘密保護法や安全保障法制など、与野党間だけでなく与党内に対立と抵抗を生み出すような政治課題を正面からかかげることに躊躇しなくなったからである。
 第三に、対米協調路線は対米従属路線へと変質した。とりわけ、アメリカからの軍事的要求に対しては、憲法上の制約を盾に一定の抵抗を示してきた「保守本流・ハト派・吉田」の流れとは異なり、その憲法上の制約自体を取り払って全面的に受け入れようとしている。「協調」から「従属」への転換は、「右翼の民族主義者」だったはずの安倍首相によって完成されつつある。
 さらに第四に、政治手法としての合意漸進路線などは見る影もない。野党はもとより国民との合意は最初から問題とされず、独善的で強権的な政治運営が際立っている。国民の批判と反発は安全保障法制の内容だけではなく、初めに「結論ありき」で聞く耳を持たず、断定的な口調で異論を封じる唯我独尊的な手法や民意を無視した強引で拙速な国会運営に対しても向けられている。
 こうして、自民党内では本流とされてきた穏健保守=プラグマチストから急進極右=リビジョニストへのヘゲモニーの転換が生じた。それは現行憲法を前提とする現実的な対応から憲法体制の修正による「戦後レジームの脱却」、より正確には「戦前レジームの開始」を意味することになるだろう。

 部分政党への変貌と小選挙区制の害悪

 以上のように、リベラル派の離脱によって旧保守傍流政権がヘゲモニーを確立した結果、軍事大国化、右傾化、新自由主義化が進んできた。それに伴って自民党は国民的合意を調達する能力を失い、民意から乖離し、社会の右側に集まっている一部の民意を代表するだけの部分政党に変貌してしまった。
 自民党内でさえ影の存在であった安倍首相とその仲間たちが政権を担当できる理由がここにある。安倍政権の閣僚・党役員では、日本会議(日本会議国会議員懇談会)、神政連(神道政治連盟国会議員懇談会)、みんなで靖国神社を参拝する国会議員の会などの超タカ派で極右改憲勢力に属する議員が大半を占めている。なかには、在特会(在日特権を許さない市民の会)やネオナチ団体「国家社会主義日本労働者党」と親和的な人物もいる。
 このように、一部の民意を代表するにすぎない部分政党が政権を担当できるのはどうしてなのか。その部分政党で、「官邸支配」とも言うべき強権体制が生み出されたのはなぜか。そのカラクリは小選挙区制という選挙制度とその政治的効果にある。
 第一に、小選挙区制は少数を多数に変えてしまう「ふくらまし粉」効果を持っている。昨年の総選挙で、自民党の絶対得票率(有権者内での得票割合)は、小選挙区で二四・五%、比例代表で一七・〇%にすぎなかった。自民党が代表する「一部の民意」とは、正確に言えば、有権者の四分の一から六分の一ほどにすぎない。それなのに「虚構の多数派」を形成できるのは小選挙区制のカラクリによる。
 しかも第二に、小選挙区制は公認権を握る執行部の力を強大にした。大政党に有利で、公認されればほぼ当確が決まってしまうからである。しかも、「抵抗勢力」になれば「刺客」という対立候補が立てられ、国会から放逐されるという実例が小泉政権時代の「郵政選挙」によって示された。異論が表面化しない「大政翼賛会的」な構造を支えているのは、このような小選挙区制の政治的効果なのである。
 第三に、その結果、自民党は党内での緊張感を弱め、地域や地方での手足を失うことになった。派閥の力が弱まって集権化が進み、二世議員や三世議員が増え、選挙区との日常的なつながりが薄まった。派閥の新人発掘機能や議員への教育・訓練機能も失われ、若い候補者が政治家として鍛えられるチャンスが減った。その結果、「こんな人が」と思われるような不適格者も国会議員になってしまう。

 国民統合に向けての工作と「虚構」の崩壊

 こうして、部分政党となった自民党は政権政党としての合意形成能力や統治能力を弱体化させた。それを補うために用いられている手段が、第一にマスコミへの介入による情報操作であり、第二に対外的危機感の醸成であり、第三に排外主義や愛国心などのイデオロギー支配の強化である。
 特定秘密保護法やマスコミ工作によって情報が左右され、北朝鮮の核開発やミサイル実験、中国の海洋進出や軍事費の増大などが喧伝され、教科書の採択や教育内容への介入などによって、真実を隠蔽して政権への求心力を高めようとしている。
 しかし、このような国民統合に向けての工作にもかかわらず、少数支配の「虚構」が崩れ始めた。小選挙区制のカラクリによって隠されていた本当の民意が、集会やデモ、世論調査での反対の多さや内閣支持率の低下という形で、はっきりと目に見えるようになってきている。「虚構」に対する「実像」の可視化である。
 国会での自公両党の多数議席は小選挙区制が生み出した「虚構」の上に築かれた「砂上の楼閣」にすぎない。安倍首相がこの「虚構」を頼みに民意に反する強権的な行動に出たため、この「楼閣」は崩れ始めている。内閣支持率が三割を割って自民党支持率を下回り、両者の合計が五〇%を切るとき政権の黄昏が訪れる。これがこれまでの経験則であった。その経験則がいま、試されようとしている。

nice!(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

トラックバック 0