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2月9日(月) こうして貧困は作られた-派遣法に焦点を当てた労働法制の変遷 [論攷]

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〔以下の論攷は、『週刊金曜日』2009年1月30日付に掲載されたものです〕

 派遣労働とは、派遣元の事業所に雇用された労働者が派遣先の会社で働くことである。労働者は派遣先の事業所の指揮命令を受けるが、雇用契約は派遣元の企業と結ばれている。
 このような働き方は「手配師」などによる労務供給という形で戦前からあった。しかし、多額のピンハネがなされたり人身売買まがいの人権侵害を生んだため、職業安定法第四四条「労働者供給事業の禁止」などにより、労働組合によるものを除いて戦後は禁止された。
 つまり、中間搾取を認める派遣労働は戦前に問題を起こし、それもあって戦後ではもともと非合法とされていたのである。

 例外規定による派遣法の制定

 しかし、戦後になってからも派遣労働がなくなったわけではない。様々な名目で事実上の派遣労働は残り、八〇年代に入って以降、これを法的に位置づけて派遣労働を認めるべきだとの意見が強まった。こうして、一九八五年に労働者派遣法が成立し、翌八六年七月から施行される。
 ここで注目されるのは、第一に、ポジティブリスト方式によって対象業務を限定したことである。このとき派遣労働が認められたのは、ファイリングや通訳などの一三業務にすぎなかった。施行後すぐに三業務追加されて一六業務となったが、専門性が高く一時的に必要とされるものであれば認めても良かろうというわけである。
 第二に、最初から、特定労働者派遣事業と一般労働者派遣事業の二種類の派遣が想定されていたことである。このうち、常用型派遣のみを行う前者は届け出制だったが、登録型派遣も行う後者は許可制とされた。登録型派遣が多くの問題を生む可能性のあることは、初めから分かっていたということになる。
 その後、九五年には日経連「新時代の『日本的経営』」が明らかにされ、労働組合の連合も「規制緩和の推進に関する要請」(一二月八日)を出すなど、規制緩和は「時代の空気」となっていった。このような「空気」の中で、九六年には対象業務が、アナウンサー、研究開発、添乗などの二六業務に拡大されていく。しかし、それはまだ例外とされていたのである。

 ネガティブリスト化によって一挙に拡大

 このような派遣法の論理を逆転させたのが、九九年の改正であった。これによって、派遣労働は一挙に拡大していく。
 九九年一二月、派遣法の改正が施行され、港湾運送・建設・警備の業務、その他政令で定める医療関係・物の製造・医師や弁護士、社会保険労務士など一部の専門的業務を除いて、対象業務が自由化された。これが、ネガティブリスト方式によるポジからネガへの反転である。
 この改正には、自民党・公明党・民主党・自由党が賛成し、共産党だけが反対した。社民党は政党としては賛成したものの、福島瑞穂議員など三人が反対している。
 二〇〇四年には、製造業への派遣も解禁された。今回、自動車関連工場などでの「派遣切り」が大きな問題となったが、このときの緩和がなければこのような問題は生じなかっただろう。
 規制が緩和されたのは、対象業務だけではなかった。専門性の高い二六業務については派遣可能期間の制限が撤廃された。それ以外は最長期間が一年から三年に延長され、〇七年には、製造業の派遣期間の上限も同様に拡大された。こうして、派遣期間を「短期・臨時」とする原則を徹底するとされたものの、実際には恒常的な性格が強まることになる。
 その結果、一九九六年には七二万人にすぎなかった派遣労働者は、二〇〇〇年には一三九万人とほぼ倍増した。〇三年には二三六万人と三倍以上になっている。
 その後も、製造業への解禁を受けて急増は続いた。〇七年には三八四万人となり、〇四年との比較では、わずか三年で一五七万人も増えたのである。

 派遣労働の再規制は急務

 このような派遣労働者の急増によって、日雇い派遣がワーキングプアの温床となり、「派遣切り」による大量解雇が発生した。その結果、派遣労働の再規制が政策課題として浮上してくる。
 舛添要一厚生労働大臣は製造業派遣を禁止する必要性に言及し、民主党の枝野幸男議員は「労働者派遣法の改悪に賛成したのは間違いだった」と認めるにいたった。
 さらに、広島労働局の落合淳一局長は製造業への派遣を解禁した〇三年の改正について「私はもともと問題がある制度だと思っている」と述べ、「謝りたい」と発言して注目された。拙著『労働再規制』で指摘した〇六年からの「反転」は、ここまで進んできたということになる。
 派遣労働の規制には、働き口が無くなるという反対論がある。しかし、問題は、派遣の規制緩和によって労働の量は増えたが質が低下し劣悪化したという点にある。ワーキングプアを生み出すような労働は根絶されなければならない。
 労働基準法第一条で謳われている「人たるに値する生活を営むための必要を充たす」ために、安定した雇用と生活できる賃金が保障されるかどうかが問題なのである。派遣労働の再規制においても、この視点が基本とされるべきであろう。

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