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8月7日(水) 自民党改憲草案と立憲主義(その1) [論攷]

〔下記の論攷は、『月刊民商』第635号、2013年8月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

 第2次安倍内閣の発足で急浮上した憲法改正問題

 昨年末の総選挙の結果、民主党政権が崩壊し、自民党と公明党の連立政権が発足しました。首相に就任したのは、安倍晋三元首相です。自民党発足以来、初めての再登板となった安倍首相は、第1次内閣に引き続いて憲法改正を重点政策の一つとして打ち出しました。
 今回は改憲手続きを定めた憲法96条から始めるといいます。96条は、改憲発議(憲法改正の提案)には衆参両院での3分の2の多数の賛成が必要だと定めています。これを過半数の賛成に改めて、改憲に向けてのハードルを下げようというのです。
 このようにして憲法改定の提案をやりやすくしたうえで狙われているのが、本来の目的である9条の改憲です。しかも、衆院では自公両党は3分の2の議席を越えています。日本維新の会が躍進したため、公明党が賛成しなくても、その代わりを努めることができます。
 これに加えて参院でも改憲勢力が3分の2以上の議席を占めれば、改憲発議できる状況が生まれました。こうして、憲法改定問題がにわかに政局の焦点の一つに浮上したのです。
 もし、改憲が具体化するとすれば、提案される可能性が最も高いのは、昨年の4月に発表された自民党の「日本国憲法改正草案」(自民党改憲草案)でしょう。以下、立憲主義に焦点を当てて、この自民党改憲草案の内容と問題点を検討することにしましょう。

 権力を制限するのが立憲主義

 そもそも、立憲主義とは何でしょうか。最も簡単に言えば、憲法に基づく国家運営という考え方であり、それは政治権力の恣意的支配を防ぎ、権力を制限しようとする原理のことです。
 近代国家は絶対主義王政から始まります。君主が持つ絶対的な権力を制限し、個人の権利や自由を保護しようとして生まれてきたのが近代立憲主義であり、憲法は権力を制限して国民の権利や自由を擁護することを目的としていました。
 つまり、憲法は国家権力を縛るものなのです。それは法による権力の拘束であり、権力を制限して憲法の枠にはめ込むことによって濫用を防ぎ、国民の権利を守ることを意図しています。したがって、憲法に国民の義務規定が少ないのは当たり前のことなのです。
 この点で、憲法は一般の法律とは異なっています。憲法は国家を縛り、法律は国民を縛るからです。憲法を守るべき者は国家権力を行使する地位にある特別な人々であり、法律を守るべき者はその権力に支配される一般の国民です。
 この理念を具体的に示しているのが、現行憲法の99条だといえます。ここには「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負う」と書かれています。憲法尊重擁護義務を負っているのは、ここに列挙されている為政者たちなのであって国民ではありません。

 自民党改憲草案に示されている立憲主義の逆転

 ところが、自民党改憲草案の102条では「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」とされ、「2 国会議員、国務大臣、裁判官その他の公務員は、この憲法を擁護する義務を負う」という文章に変わっています。憲法尊重義務を負うのは国民だとされているのです。為政者を縛る現行憲法の99条から国民を縛る自民党改憲草案102条へと、立憲主義は逆転されています。
 憲法草案を解説した自民党の「Q&A」では、「この規定は、飽くまで訓示規定であり、具体的な効果があるわけではありません」とし、「公務員に関しては、同条2項で憲法擁護義務を定め、国民の憲法尊重義務とは区別しています。すなわち、公務員の場合は、国民としての憲法尊重義務に加えて、『憲法擁護義務』、すなわち、『憲法の規定が守られない事態に対して、積極的に対抗する義務』も求めています」と述べています。
 しかし、現行憲法では公務員のみが負っている憲法尊重義務を全国民が負い、「公益及び公の秩序」(12条後段、13条後段、21条2項等)による人権制限まで加えられています。また、「自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚」(12条後段)することが要求されて国民の義務が大幅に増え、前文冒頭の主語が国家になっているように、国家から国民への法に変容しています。
 なお、現行憲法99条にある「天皇又は摂政」という文言が削除されています。これは自民党改憲草案の1条で天皇を「元首」とすることを予定しているからだと思われますが、大きな誤りです。もし、天皇を「元首」とするのであれば、なおさら憲法による縛りが必要とされるからです。この点においても、君主が持つ権力を制限して個人の権利や自由を保護しようとした近代立憲主義に対する無理解が端的に示されています。
(続く)
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