SSブログ

3月6日(金) 総選挙後の情勢と今後の展望(その4) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No.217、2015年3月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップします。〕

(3)本格的に始まった憲法をめぐる対決

 総選挙直後の記者会見で「憲法改正は自民党の悲願であり、立党以来の目標だ」と言っていたように、安倍首相は明文改憲の狙いそのものをあきらめてはいない。それは、首班指名後の記者会見で語った「戦後以来の大改革」の中心に据えられた目標であり、改憲に向けた取り組みを本格化させようとしている。
 とはいえ、先の総選挙では、安倍首相の改憲戦略にとって3つの誤算が生じた。一つは公明党が議席を増やして与党内での比重を高めたこと、二つ目は「応援団」として期待された次世代の党がほぼ壊滅してしまったこと、三つ目は共産党が2倍以上に躍進して国会内での発言力を高めたことである。いずれも、突然の解散などという血迷ったことをやらなければ生じなかった変化で、これによって安倍首相の悲願であった改憲戦術にも、一定の手直しが必要になった。
 最も大きな手直しは、9条改憲に向けて直進するのが難しくなり、迂回戦術を取らざるを得なくなったという点である。菅義偉官房長官は1月10日のBS朝日の番組で来年夏の参院選で与党が改憲を前面に出して戦うことに慎重な考えを示し、「例えば環境権や教育の私学助成は憲法に全く書かれておらず、そういうところからまず直すのが大事ではないか」と述べた。
 その手始めとして与野党共通の改憲試案の策定を目指し、3月にも協議をスタートさせたい考えだという。改憲に一定の理解を示しながらも9条改憲には慎重な公明党や民主党、維新の党など野党勢力を取り込んで実績を作ろうというのである。「まずはできるところから」ということで、環境権や私学助成、緊急事態への対応、財政規律に関する規定の新設などについて共通試案を取りまとめ、国民投票に付すことを想定しているようだという。
 与野党で一致しやすく、国民投票で支持されやすいテーマから突破口を開いていこうという作戦である。「改憲アレルギー」を払しょくし、ある種の「改憲グセ」をつけてから、「本丸」である9条改憲に迫ろうということなのだろう。
 国会内での改憲勢力を拡大するだけでなく、国民的な理解を得る作業も重視されている。発議要件の充足という上からの改憲準備と、国民投票での過半数の賛成の獲得という下からの改憲準備に並行して取り組み、衆参両院での3分の2を上回る改憲勢力の形成をめざしつつ、「草の根」での改憲世論も盛り上げていこうというわけである。
 憲法改正を発議できても国民投票で否決されれば改憲の機運は一気にしぼんでしまう。総選挙後の12月の記者会見でも、安倍首相は「大切なことは国民投票で過半数の支持を得ることだ。ここがまさに正念場だ」と強調していた。
 このため、衆参両院の憲法審査会で地方公聴会を積極的に行い、世論を醸成するための対話集会も各地で開くことを検討するとともに、「美しい日本の憲法をつくる会」による 1000 万人署名運動を開始するなど、国民世論の獲得をめぐっての本格的な対決が始まろうとしている。
 こうして、改憲の危機はかつてなく大きく、現実的なものとなってきた。このような危機を打ち破るためには、国会内での野党や公明党の動揺を抑えつつ、「草の根」レベルでも改憲を提起できないような世論と力関係を生み出さなければならない。
 改憲を阻むためには、第一に、衆参両院での改憲勢力による3分の2議席の突破を阻止すること、第二に、国会論戦や憲法審査会などで改憲に向けての意図や準備を打ち砕くこと、第三に、国民的な大運動によって改憲阻止の世論を高めていくことが必要である。つまり、選挙、国会、世論という三つの「戦線」での同時並行的な取り組みが求められている。
 憲法をめぐる対決の戦線は拡大し、私たちの身近にまで及んでくるだろう。改憲の企みを阻止するためには、事実を知り、学び、伝えることが重要である。一斉地方選挙で安倍政権に打撃を与えることも、改憲阻止の力となるにちがいない。そのために果たすべき労働運動の役割は大きなものとなっている。

むすび

 安倍首相は、これ以上の内閣支持率の低下を避け、消費税再増税の延期についての責任問題を回避して財務省の抵抗を排するために総選挙に打って出たとみられる。しかし、その結果は必ずしも意図したようにはならず、多くの誤算を内にはらむものだった。
 今回の総選挙の結果、与野党関係の現状維持には成功したが、野党内の状況は大きく変わった。「自共対決」の鮮明化という予期せぬ構図も浮かび上がってきた。
 15年秋に予定されている自民党の総裁選挙は何とかしのげそうだが、その前の統一地方選や再来年の参院選の壁は越えられるのだろうか。「自民圧勝」の大宣伝にもかかわらず安倍首相の表情が「終始険しかった」と報じられているが、それが必ずしも容易ではないということに気が付いたからかもしれない。
 多くの難問とジレンマを抱えながら「この道しかない」というのは、すでに問題の解決能力を失っているからである。大企業とアメリカの意に逆らえず、国民の声に耳を貸そうとしないから、他の選択肢や別の解決策が見えてこない。
 実際には「別の道」もあるのに、その道を見つけるだけの能力がないから「この道」しか見えないのである。
 どのようなものであっても、見る力がなければ見つけることはできない。それほどに統治の力や政策能力が衰えてしまったのが、今の自民党であり安倍首相なのである。
 この先、安倍首相の思い通りの政治運営がなされるとすれば、それは国民にとっての「大惨事」をもたらすことになろう。もし、安倍首相が世論と激突して政権の座を引きずり下ろされれば、それは首相にとっての「大惨事」となることだろう。
 安倍首相は難問に直面してどれほど追い込まれようと、もう逃げ出すことはできない。任期の半分で「伝家の宝刀」を抜いて解散してしまったのだから、近い将来、それを繰り返せば大きな非難を浴びることになる。首相に残された道は辞任する以外にない。
 そのとき安倍首相には、こう言わせたいものである。「やはり、第3次内閣は私にとっての『大惨事』内閣だったのか」と……。
 なお、本稿執筆の最中に「イスラム国」を名乗る過激派集団による日本人人質事件が発生した。きっかけとなったのは安倍首相による「イスラム国」対策としての2億ドル拠出表明である。これについて人道支援であって「誤解だ」と首相は弁明したが、そのような「誤解」を振りまいたのは首相自身であった。
 事件に関連して、安倍首相は自衛隊による在外邦人救出のための安保関連法の成立に意欲を表明した。いわゆる「ショック・ドクトリン」(惨事便乗型政策転換)の発動である。このような策動を封じ、集団的自衛権の行使容認の法制化を阻止することが急務となっている。9条を守り、平和国家としての日本をアピールすることこそ、最大の安全保障なのだから……。

拙著『対決 安倍政権―暴走阻止のために』(学習の友社、定価1300円+税)刊行。
購入ご希望の方は学習の友社http://www.gakusyu.gr.jp/tomosya.htmlまで。

nice!(1)  トラックバック(0) 

nice! 1

トラックバック 0