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5月21日(木) 問題は、安倍首相が「間違った戦争」だと認めなかったことにある [首相]

 党首討論での志位共産党委員長の質問に対する安倍首相の答弁が話題を呼んでいます。「ポツダム宣言」を読んでいなかったかのような答弁をしたからです。
 日本の首相が、その国の戦後体制の基礎になった最重要文書を読んでいなかったということが明らかになり、しかも、その「戦後レジーム」からの脱却を唱えていた当人が「まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりません」と答えたのですから、多方面から批判を浴び、顰蹙を買ったのも当然だと言えるでしょう。

 しかし、問題の本質は「その部分をつまびらかに読んでおりません」というところにあるのではありません。こう答えることによって、志位委員長が質問した「ポツダム宣言は、日本の戦争について、第6項と第8項の2つの項で、『間違った戦争』だという認識を明確に示しています。総理にお尋ねします。総理はポツダム宣言のこの認識をお認めにならないのですか?端的にお答えください」という質問をはぐらかし、それへの回答を拒んだというところに最大の問題があります。
 読んでいたかどうかは問題ではないのです。この時、志位委員長は「その部分」を読み上げて質問していたのですから、読んでいなくても「その部分」の内容は分かったはずですから……。
 それにもかかわらず、安倍晋三首相は「ま、この、ポツダム宣言をですね、我々は受諾をし、そして敗戦となったわけでございます。そして今、え~、私もつまびらかに承知をしているわけではございませんが、ポツダム宣言の中にあった連合国側の理解、たとえば日本が世界征服をたくらんでいたと言うこと等も、今ご紹介になられました。私は、まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから、今ここで直ちに、それに対して論評することは差し控えたいと思いますが、いずれにせよですね、いずれにせよ、まさに、先の大戦の痛切な反省によって今日の歩みがあるわけありまして、我々はそのことは忘れてはならないと、このように思っております」と述べて、「端的に」答えることを回避しました。ここに、最も批判されるべき最大の問題があります。

 ここで注目すべきは、「何だ、ポツダム宣言すら読んでいないのか」と馬鹿にされたり批判されたりすることよりも、「今ここで直ちに、それに対して論評することは差し控えたい」と答えることの方が、安倍首相にとっては重要だったという事実です。まともに答えず、のらりくらりと言い逃れることの方を優先したというわけです。
 安倍首相にとっては、馬鹿にされることよりも「間違った戦争」だと答えることの方が、ずっと辛かったということなのでしょう。そのような回答を避けるためには、「ポツダム宣言も読んでいないのか」という嘲りさえも、安倍首相にとっては甘受すべきものだったということになります。
 それほどに、安倍首相は「間違った戦争」だったと認めたくないということなのです。この点にこそ、党首討論でのやり取りが示している本質があり、安倍首相の歴史認識が持っている問題点が集約されているということになります。

 この一連の経過を通じて、「私は、まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりません」と言って「論評すること」を拒んだ当該箇所についても、安倍首相は十分に知ることになったにちがいありません。今度は、ちゃんとポツダム宣言を読んだことでしょう。
 どなたでも結構です。今後の国会審議で、もう一度、質問していただきたいものです。
 「ポツダム宣言は、日本の戦争について、第6項と第8項の2つの項で、『間違った戦争』だという認識を明確に示しています。総理にお尋ねします。総理はポツダム宣言のこの認識をお認めにならないのですか?端的にお答えください」と……。

 安倍首相はもう、「私は、まだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりません」などと言って逃げることは許されません。「間違った戦争」だったことを認めるのか否か、真正面から「端的に」答えるべきです。

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