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1月6日(土) 真の「働き方改革」のためには「毒」をやめて「薬」を飲ませなければならない [労働]

 安倍首相は4日の記者会見で、憲法問題とともに労働問題にも言及しています。22日に召集される通常国会では労働時間規制の強化と緩和を抱き合わせた労働基準法改正案などが提出されるからです。
 これについて首相は、この国会を「働き方改革国会」と名付け、関連法案の成立に意欲を示しました。この問題も通常国会での焦点の一つになります。

 ここで注目されるのは、不十分とはいえ残業時間の絶対的制限を導入する労働時間規制の強化と、残業時間規制から外す高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ法案)の導入という労働時間規制の緩和が抱き合わせという形で提案されていることです。
 先ず、このような提案の仕方が問題です。一方に賛成して他方に反対する場合、賛成したら良いのでしょうか、反対するべきなのでしょうか。
 労働時間規制の強化に賛成する労働側は残業代ゼロ法案に反対で、他方の使用者側は逆の立場です。どちらにしても、一緒に出されたら困るでしょう。

 それなのに、どうして抱き合わせているのでしょうか。それは、一方を餌にして他方を釣り上げ、両方を一括して通してしまおうとしているからです。
 しかし、両者は互いに矛盾しています。なぜ、このような矛盾した法案を成立させようとしているのでしょうか。
 安倍政権は新自由主義的な規制緩和政策と社会民主主義的な分配政策を混在させているからです。その背景には、これまでの規制緩和によるマイナス面が拡大しすぎたため、一定の手直しが必要になり労働再規制を打ち出さざるを得なくなったという事情があります。

 新自由主義的な規制緩和によって働き方が大きく変容し、非正規化の拡大と労働現場の荒廃、長時間労働による過労死や過労自殺、技能の低下や経験の継承困難、個々の労働者のモチベーションの弱まり、実質賃金の減少と購買力の低下などが生じてきました。その結果、貧困化と格差の拡大、中間層の衰退、国内市場の縮小、出生率の低下による少子化問題の深刻化などが大きな問題となっています。
 こうして、これまでの新自由主義的政策を継続することが難しくなってきました。安倍首相が「地方創生」「一億総活躍社会」「人づくり革命」などのスローガンを打ち出し、「再分配」や女性の活躍、「働き方改革」などに言及せざるを得なくなってきたのは、そのためです。労働時間の規制強化を打ち出さなければならなくなったのも、過労死や過労自殺に対する世論の批判を弱め、少子化問題の解決に向けて役立てたいと考えてのことでしょう。
 それなら、規制緩和をやめて規制強化に転ずればよいわけですが、他方で、そうできない事情があります。政治献金などスポンサーとして金づるを握られている財界の意向を無視できないという「弱み」があるからです。

 このために、病状が悪化してきているにもかかわらず、治療するための「薬」と一緒に、これまでと同じ「毒」を飲ませ続けなければならないというわけです。これでは病気が治るわけがありません。
 ブレーキを踏んで事故を防がなければならない時に、一緒にアクセルを踏もうとしているわけです。これでは事故を防げないだけでなく、かえって危険です。
 実は、このような「毒」は働く人や日本社会、国民経済にとってマイナスであるだけでなく、企業活動にとっても大きなマイナスを生み出しています。それに気が付いているまともな経営者は労働時間の短縮や賃上げなどの手を打ち、独自の対策に取り組み始めています。

 安倍政権もそうすれば良いのに、財界の顔色をうかがい、その財界を構成している大企業の経営者が無能ときています。規制緩和の旗を振り、法の網の目をくぐることばかりに専心してコンプライアンスを無視し、社会的な責任への自覚を失って企業利益ばかりに目を奪われてきました。
 この間に明らかになった、東芝や神戸製鋼、東レ、JR西日本、ゼネコン大手4社など日本を代表する大企業の不正や不祥事は、このような企業経営者が生み出してきた問題の「氷山の一角」にすぎません。しかも、これらの企業経営者は経済財政諮問会議や規制改革会議などの戦略的政策形成機関のメンバーとなって国政に関与し、それを歪めて安倍首相夫妻による国政私物化の仕組みづくりにも加担してきました。
 日本経済の地盤沈下とともに経営者の能力が弱まり、財界の衰退が始まっているのではないでしょうか。政官財の全てが公的な立場を忘れて倫理観を失い、私的利益を優先し、多少は持っていた矜持すら投げ捨て、極右・従米という矛盾に満ちた安倍首相による改憲・戦争志向の軍事大国化路線に迎合し、日本の政治と社会だけでなく経済をもぶち壊そうとしています。

 「働き方改革国会」で問われなければならないのは、労働時間規制にかかわる労働基準法の改正問題だけではありません。「毒」と「薬」を同時に飲ませるような処方や、アクセルを踏み続けたままブレーキを踏むような危険な運転を、これからも続けていくのかという問題です。
 それを避けるためには、「毒」ではなく「薬」だけを服用し、アクセルから足を話してブレーキを踏まなければなりません。安倍首相という藪医者を辞めさせること、運転手を交代させることこそが、その大前提であることは言うまでもないでしょう。

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