SSブログ

5月22日(日) 岸田政権の性格と参院選の争点―何が問われ、何が訴えられるべきか(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』No.826 、2022年6月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 参院選が間近に迫ってきました。参院議員の任期は6年で3年ごとに半数が改選され、解散はありません。つまり、参院選は3年ごとの間隔で定期的に繰り返される選挙です。しかし、今度の参院選は今までにない大きな意義を持っています。
 まず、2020年初頭から2年半続いた新型コロナウイルスの感染拡大が6回にわたる大きな波となって国民を苦しめた後の選挙だということです。この間の新型コロナ対策がどうであったのか。安倍・菅・岸田と続いた政権による対策の功罪が問われることになります。
 次に、今年の2月から始まったロシアによるウクライナ侵略が勃発した後に実施される初めての国政選挙だということです。どのような形で侵略戦争に対する国際的な包囲網を形成して戦火を収めるのか。戦争と平和の問題が正面から問われることになります。
 そして第3に、このウクライナでの戦争を契機に高まっている改憲論を大きな争点にして戦われる選挙でもあります。日本の安全のためにも9条を守り、その理念をどのように生かしていくのかが問われることになります。
 第4に、コロナ禍を乗り切って国民の生活を守り、戦争の惨禍を収めて憲法を活かすことのできる希望の政治に向けての展望を切り開く選挙でもあります。そのための唯一の解決策である野党連合政権の樹立に向けて足固めを図ることが大きな課題となります。
 このような意義と重要性を持つ選挙です。投票において選択を誤ってはなりません。岸田政権の性格と参院選での争点を改めて確認し、選挙で何が問われ、何が訴えられるべきかを明らかにしたいと思います。

1, コロナ対策と生活の危機
 
 コロナ感染再拡大の危惧と懸念

 新型コロナウイルスの感染拡大と政府による対策の遅れが国民生活を深刻な状況に追い込んでいます。まだ新規感染者数が多いうちに政府は「まん延防止等重点措置」をすべて解除しました。しかし、感染者数はなかなか減らず、再び増加する傾向もあります。感染力の強いオミクロン株の別系統BA.2に置き換わっているからです。感染再拡大の危惧と懸念を拭い去ることはできません。
 今後も新たな感染拡大と医療体制の確保に備えての対策が必要なことは明らかです。そのためにも、安倍内閣以降の施策に対するきちんとした検証と反省が不可欠です。とりわけ第6波では、感染の急拡大に対応できずに自宅療養者が急増し、「医療崩壊」が生じました。
 PCR検査やワクチンの3回目接種の遅れなどが繰り返され、成り行き任せで後手に回った岸田政権の不手際も目立ちました。経済・社会活動を重視するあまり、感染拡大がおさまらないうちに規制を緩めて再び感染拡大を招くという悪循環も繰り返されています。本腰を入れて新たな感染拡大に備える必要があります。
 新自由主義的な政策のもと、医療や公衆衛生体制の整備を放置し続けてきたツケが回ってきました。地域医療構想によって急性期病床削減を進めようとしていることは本末転倒です。これらの誤りを改め、ワクチン3回目接種の遅れを取り戻して検査を拡充し、地域医療への支援を強化して医療体制のひっ迫が起きないようにしなければなりません。

 物価高騰と生活苦の増大

 コロナ感染への懸念が収まらないなか、物価高騰という新たな危機が国民の暮らしと営業を直撃しています。賃金は上がらず、年金もカットされ、そのうえ物価高ですから、生活が苦しくなるのは当たり前です。その背景には、コロナ禍からの回復による世界的な需要の高まり、ロシアのウクライナ侵略と経済制裁による資源不足の影響などがありますが、もうひとつ重要な要因となっているのが日銀の「異次元金融緩和」政策による急激な円安です。
 東京外国為替市場の円相場は一時、1ドル=131円台と約20年ぶりの円安水準になりました。円安は輸出企業への追い風となりますが、輸入物価コストを引き上げて企業や家計の負担を高める悪影響をもたらします。その原因は日米の金利差の拡大です。日銀が超低金利政策を続ける一方で米国など先進国がインフレ抑制のために金利を引き上げ、低金利の円が売られやすくなったのです。
 しかし、日銀の黒田総裁は安倍元首相に遠慮してアベノミクスの3本柱の一つであった「異次元金融緩和」を止めることができません。ここにも新自由主義的な政策とアベノミクスの悪影響が及んでいます。参院選ではこのような政策を転換し、経済と国民生活の危機をどう克服するのかが鋭く問われることになります。
 消費税の減税や内部留保への課税、累進課税の強化を含む税制見直し、社会保障制度の拡充、最低賃金の引き上げなど、富の偏在を改めて再分配を図る施策の実現をめざさなければなりません。また、食糧自給率の向上なども重要な課題となっています。今後も円安傾向は続くと見られており、経済と暮らしの問題が参院選に向けての重大な対決点になることは確実です。

2, ウクライナ侵略と平和の危機

 ロシアによる侵略と戦争犯罪

 2月に始まったロシアによるウクライナへの侵略は平和の危機、人道的危機を引き起こし、多数の人命が奪われています。プーチン大統領は集団的自衛権による「特別軍事作戦だ」と言い訳していますが、国連憲章に反する侵略であり国際秩序を覆す暴挙です。戦闘を停止しロシア軍の即時撤退を求める声を上げ続けなければなりません。
 戦争にもルールがあります。攻撃は軍人や軍事施設に限られ、一般の市民を故意に殺害したり、捕虜を虐待したりすることは許されません。民間施設への攻撃やブチャで発見された大量の民間人の虐殺はジュネーブ条約や国連人道法に反する戦争犯罪です。
 今回のウクライナ侵略が明らかにしたことは、いかなる理由があっても戦争を始めてはならないということです。戦争になれば必ず犠牲者が生まれます。対立や紛争は武力によってではなく、話し合いで解決されなければなりません。対立を激化することなく友好関係を維持しながら緊張を緩和することが必要です。
 相手より強い力を持てば抑止できると考えて軍拡や軍事同盟に依存すれば、安全になるどころか対立と挑発を強めて武力行使を引き起こすことも明らかになりました。安全を確保しようとして軍事力依存を強めれば逆効果となり、安全を損なって戦争のリスクを高めます。このようなジレンマが安全保障のパラドクス(逆説)であり、その罠にはまってはなりません。

 国際的包囲網の形成と核脅迫への反撃

 ロシアのウクライナ侵略に対して、国際社会では侵略戦争を止めさせる努力が重ねられてきました。日米欧などが経済制裁で足並みを揃え、ウクライナに対する人道的支援を強めています。侵略反対の国際的包囲網の形成によって一日も早い戦争終結を実現する必要があります。
 国連の安全保障理事会(安保理)の常任理事国であるロシアによる拒否権の発動で安保理は十分に機能していません。そのために「国連は無力だ」との声も上がりました。しかし、国連は多面的な活動に取り組んでおり、決して無力ではありません。
 国連は2度の総会特別会合を開いてロシアの軍事行動を侵略として断罪し、国際人道法の順守を求める決議を140カ国以上で採択しました。国連人権委員会はロシアの理事国としての資格をはく奪し、国際司法裁判所は軍事行動を直ちにやめるよう命じ、国際刑事裁判所は戦争犯罪についての調査を始めています。グテレス事務総長も仲介に乗り出しました。
 窮地に陥ったプーチン大統領は生物・化学兵器や核兵器の使用をほのめかしています。このような核の使用をためらわない指導者の登場によって核抑止論は無力になり、核兵器の廃絶が急務であることが明らかになりました。唯一の戦争被爆国である日本こそ、核脅迫に対する反撃の先頭に立たなければなりません。核兵器禁止条約の批准を可能とする非核の政府への道すじをつけることも参院選の重要な課題です。

nice!(0) 

5月13日(金) ロシアによるウクライナ侵略 憲法9条でなければ日本は守れない(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『東京革新懇ニュース』第472号、2022年5月5日付、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 惨事便乗型改憲論の誤り

 戦争という惨事に便乗して持論である改憲を声高に叫んでいるのは、安倍元首相や維新の会です。敵基地攻撃能力の保有(敵基地攻撃論)と中枢(指揮統制機能)打撃論、核共有論が際立っています。これと共に改憲に向けての動きも強まっています。これは大きな誤りです。
 第1に、敵基地攻撃論は「専守防衛」の範囲を踏み越えるものであり、明確な憲法違反となります。これはミサイル発射を念頭に未然に防ごうというものですが、「敵基地」を特定することは困難です。だから中枢打撃論が唱えられるのですが、それでは全面戦争になってしまいます。実行不可能な空理空論にすぎません。
 第2に、核共有論ですが、さらに荒唐無稽な主張です。「非核三原則」の「持ち込ませず」、核の平和利用を定めた原子力基本法、核兵器の移転などを禁じた核拡散防止条約などに反し、核兵器禁止条約にも逆行する暴論にほかなりません。在日米軍基地や自衛隊基地に核を貯蔵する施設が作られ、自衛隊が核攻撃に参加することになれば、最初に攻撃目標となり有害でしかありません。
 第3に、憲法条文の書き換えの動きも強まっています。自衛隊明記の目的は「最小限の実力部隊」で「軍隊ではない」とされてきた自衛隊の「国軍化」を実現し、アメリカによる対中国戦略の前線に立たせることです。緊急事態条項の新設は国会を有名無実化し、政府による専制を生みだそうとするものです。その狙いは戦争と独裁の合法化にあります。
 なお、このような改憲策動の先頭に立っている安倍元首相の責任についても指摘しておく必要があります。27回もの首脳会談を行って北方領土の2島返還を示唆しただけでなく、共同経済開発事業に3000億円もの国費を差し出し、プーチンにすり寄って翻弄され国益を害した外交の失敗は明らかです。改憲の旗を振る前に、この失敗を真摯に反省すべきではないでしょうか。

 再確認すべき9条の威力

 日本を軍事力で守ることはできません。戦争してはならないだけでなく、戦争できない国だからです。
 第1に、憲法9条の縛りがあります。これを変えることは国際社会の脅威にならないという誓約を破ることになり、周辺諸国に誤ったメッセージを送ることになります。紛争や対立はあくまでも外交で解決するという決意を固め、「喧嘩を売っているのか」と思われるような姿勢をとらず、従米路線を改めて自立した独自外交に転換しなければなりません。
 第2に、エネルギーと食料を他国に依存しているという決定的な問題があります。エネルギーの自給率は12%、食料の自給率は37%ですから、戦争になって輸送が途絶えればお手上げです。貿易での中国との相互依存も高く、輸出入総額の24%で第1位ですから戦争などとんでもありません。貿易面からすれば、アメリカも中国との戦争など不可能です。
 第3に、「9条の経済効果」が失われます。国の富みを軍事ではなく民生につぎ込むというあり方が戦後の経済成長の原動力となりました。しかし、今では重武装をめざして国内総生産(GDP)の2%以上もの大軍拡が模索されています。そんなお金がどこにあるのでしょうか。国民生活や産業投資が圧迫されるのは明らかではありませんか。
 いま一度、この「9条の経済効果」の威力を再確認するべきです。それが失われれば、軍拡競争による膨大な財政負担によって国民生活と社会・経済活動が破壊され、戦争になって外から攻められる前に内から崩壊するということになりかねないのですから。


nice!(0) 

5月12日(木) ロシアによるウクライナ侵略 憲法9条でなければ日本は守れない(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『東京革新懇ニュース』第472号、2022年5月5日付、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 直ちに停戦を実現させよう

 「許せない」という思いでいっぱいです。ウクライナでは、この瞬間にも多くの犠牲者が出ています。一刻も早く停戦が実現し、戦火が収まることを願っています。この戦争を仕掛けたのはロシアのプーチン大統領であり、その責任は免れません。
 プーチン大統領は集団的自衛権による「特別軍事作戦だ」と言い訳をしています。しかし、「主権の尊重」「領土の保全」「武力行使の禁止」を加盟国に義務付けた国連憲章をはじめとする国際法に反する明確な侵略行為です。決して認めることのできない無法な蛮行だと言わなければなりません。
 戦争にもルールがあります。攻撃は軍人や軍事施設に限られ、民間人や一般の施設に対する無差別の攻撃は許されません。戦闘員ではない一般の市民を故意に殺害したり、捕虜を虐待したりすることは戦争犯罪にあたります。ロシア軍も民間人の犠牲者はでっちあげだと言い訳していますから、守るべきルールがあることは認識しているようです。
 しかし、実際にはこのようなルールは守られていません。病院や学校、駅、大型商業施設や集合住宅などが攻撃され、無抵抗の多くの市民が連れ去られ虐殺されています。ジュネーブ条約や国連人道法に反する戦争犯罪にほかならず、国際刑事裁判所によって裁かれるべき人道に反する罪が犯されているのです。
 プーチン大統領の罪は明らかです。侵略の引き金を引き、人道に反する罪を犯している責任を逃れることはできません。核使用の恫喝によって、核抑止力論の無力さも明らかになりました。国際的な世論を高めて包囲網を形成し、一刻も早く戦火を収めなければなりません。

 ウクライナ侵略の教訓は何か

 プーチン大統領はウクライナに対して、北大西洋条約機構(NATO)への加盟断念だけでなく、ドンバス地方の2州とクリミア半島の併合という領土拡張を求めています。第2次世界大戦後の国際秩序へのあからさまな挑戦です。その背後にあるのは、自分たちは偉大で周りの国を導かなければならないという夜郎自大な大国主義・覇権主義的な思い込みです。その結果、「解放」という名の侵略に乗り出しました。
 そこから導かれる教訓の第1は、戦争が始まれば多くの死傷者や難民が出ることは避けられないという当たり前の事実です。いかなる理由があっても戦争を始めてはならず、戦争が始まってしまえば双方に甚大な被害が出ます。国内外で1200万人という人口の4分の1以上の避難民が生まれ、故郷を追われました。戦場に駆り出されたロシアの若者もある意味での犠牲者です。このような悲劇はいかなる理由があろうとも正当化できません。
 第2に、対立や紛争は武力によってではなく、話し合いで解決されなければならないということです。武力に対して武力によって対抗しようとすれば、必ず破局をもたらし犠牲を生みます。最善の解決策は、対立を激化させず、敵愾心を持たれることなく、友好関係を維持しながら緊張を緩和することです。
 第3に、力の論理や抑止力論の落とし穴にはまってはならないということです。相手より強い力を持てば抑止できると考えて軍拡や軍事同盟に頼ることは逆効果になります。NATOへの加盟によって安全を確保しようとしたウクライナは、逆にロシアとの対立を激化させ緊張を高めました。安全を確保しようとして軍事力依存を強め、結局、安全を損なって戦争のリスクを高めたのです。このようなジレンマが、安全保障のパラドクス(逆説)にほかなりません。
 他方、プーチン大統領が主張したロシアの論理は、「敵基地攻撃論」と同じ誤りを示しています。ウクライナがNATOに加盟すれば大きな脅威となるから、それを阻止するために攻撃したという説明は、ミサイルを発射されれば大きな脅威となるから、その前にせん滅すべきだという主張と紙一重です。どちらも、相手国に対する先制攻撃を正当化するための屁理屈にすぎません。
 重要なのは戦争を回避するためにあらゆる外交努力を行うことです。戦争で犠牲になるのは一般市民で、武器を供給して大もうけできる武器商人や軍産複合体が喜ぶだけです。戦争回避に必要なのは武力ではなく、対立を解消して友好的な互恵関係を築くための外交なのです。

 丁寧な説明で懸念を払拭するべきだ

 このプーチン大統領による戦争をきっかけに「9条で日本は守れるのか」という声が高まっています。ロシアによるウクライナ侵略を利用して改憲世論を強めようとする狙いによるもので、他国の不幸に便乗する改憲論は許されません。
 同時に、ロシアの蛮行を目撃して日本の安全への懸念を強め、素朴な疑問としてこのように心配している人がいます。平和と安全への関心が高まっているのは重要です。それを頭ごなしに退けるのではなく、このような心配や関心の高まりに応え、丁寧に説明することが必要ではないでしょうか。「9条でなければ日本は守れない」と。
 もし、ロシアに9条があればプーチン大統領によるウクライナ侵略は不可能だったでしょう。もし、ウクライナに9条があれば、侵略を狙うプーチン大統領に口実を与えることもなかったでしょう。9条は軍拡と軍事同盟依存に対する歯止めになるからです。このような歯止めがある限り、他国を侵すことも、侵されることもありません。
 憲法9条はどの国に対しても脅威にならないという約束を世界に示したものです。「専守防衛」を国是としていますから、他国への侵略も先制攻撃も行いません。敵基地攻撃論はこの約束を破ることであり、信用できず油断のならない国に変わることを宣言するようなものです。
 ロシア軍の短期決戦の失敗と苦戦は、大国でも侵略は困難であることを示しています。ナチス・ドイツによるポーランド侵略、大日本帝国による満州侵略、戦後のアメリカによるベトナム戦争など、大国による侵略の失敗は枚挙に暇がありません。この歴史の教訓をプーチン大統領も学ぶべきだったでしょう。
 9条は軍事に頼らない安全保障の路線を自国に課した政策的な縛りでもあります。ミサイル技術の発展によって、軍事的な防衛は極めて困難になりました。国家間の対立や紛争は話し合いでしか解決できず、軍事力で安全を確保することはできないのです。
 戦争は外交の失敗です。政治や外交で汗も流さず「攻めてきたらどうするのだ」と恫喝する人がいますが、攻められないようにするのが外交の役割であり政治家の仕事ではありませんか。そのための努力もせずに軍備増強だけを声高に叫ぶのは本末転倒で、政治家失格ではないでしょうか。

nice!(0) 

5月3日(火) 岸田政権の危険な本質と憲法闘争の課題(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No.303 、2022年5月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

3,憲法を活かす活憲政府の樹立に向けて

 野党共闘の威力

 国会議員や国務大臣、公務員は憲法99条によって憲法を尊重し、擁護する義務を負っている。しかし、このような義務は投げ捨てられ、変えることを自己目的とする改憲論が堂々と主張されている。政府・与党だけでなく維新などの野党の一部も、もはや99条を守る意思を持っていない。
 このような現状を変え、憲法を尊重し擁護するだけでなく、その理念や原則に沿った政治を実行し、憲法を政治や生活に活かすことのできる活憲政治を実現しなければならない。このような新しい希望の政治を生み出すことができる唯一の手段が、野党連合政権の樹立である。
 昨年の総選挙では共産党を含む野党が市民と手を結び、初めて政権にチャレンジする選挙をたたかった。野党共闘は59選挙区で勝利し、33選挙区で接戦に持ち込むなどの成果を上げた。立憲民主党は14議席を減らしたが、共闘した小選挙区では9議席増となっている。比例代表で23議席減となったのは、支援団体である連合の裏切りによって組合員が「行き場を失った」からである。
 自民党は安定多数を得たものの神奈川13区で現職の甘利明幹事長が落選して辞任した。東京8区では石原伸晃元幹事長が落選して復活することもできなかった。どちらの選挙区でも、当選したのは野党統一候補だった。共闘しなければ、このような結果にならなかったにちがいない。
 野党共闘は小選挙区で1対1の構図を生み出し、大きな成果を上げた。全体として前進できなかったのは、共産党を含む共闘の力に恐れをなした自公政権の側が反共攻撃などによって必至の反撃に転じ、一部の補完勢力がこのような分断攻撃に加担したからである。
 このような野党共闘を破壊し、その力を弱めようとする分断攻撃は総選挙後も続いている。連合政権樹立への道を確かなものとするためには、このような攻撃を打ち破り、参議院選挙での立憲野党の勝利を確かなものとしなければならない。

 「悪魔の囁き」に惑わされない

 野党共闘を立て直すために重要なことは、総選挙後から繰り返されている「悪魔の囁き」に惑わされず、その誤りを明らかにして打ち砕くことである。その際たるものは「野党共闘には意味がなかった」かのように言う言説だが、すでに述べたように、大きな効果があったことを確認しておかなければならない。加えて、以下のような言説に対しても、的確に反論する必要がある。
 その第1は「野合」批判であるが、2016年以降、国政選挙のたびに立憲野党は合意事項を明らかにしてきた。昨年の総選挙に向けても、市民連合を仲立ちにして6柱20項目の政策合意を明らかにしている。これにたいして、連立を組んでいる自民・公明両党は一度としてこのような合意事項を明らかにして選挙を闘うことはなかった。
 昨年の総選挙でも、両党は別個に独自の公約を掲げて選挙に取り組んだ。だからこそ、選挙が終わってから公明党が約束した子どもへの10万円支給問題で大混乱することになった。事前に合意していれば混乱するはずはない。政権を担うことだけを目的にした連携こそ「野合」ではないのか。当選だけを目的にした大阪での維新と公明の住み分けは、このような「野合」の最たるものだ。
 第2は共産党との「限定的な閣外からの協力」への批判である。総選挙後、これについて十分な理解が得られなかったという「反省」が、立憲民主党の代表選挙などを通じて相次いだ。しかし、これについて十分理解していなかったのは、そう言う人々のほうである。
 というのは、「限定的な閣外協力」はすでに始まっていたからだ。岸田新政権発足に際しての首班指名選挙で、共産党を含む野党4党は立憲の枝野代表の名前を書いた。もし総選挙で多数になれば再び枝野代表の名前を書き、当初予算案に賛成し、合意した政策についての法案成立で協力したはずだ。これは当たり前のことで、それなしに連合政権を樹立し、維持することはできない。
 そして第3に、総選挙が終わってから急に大きくなった「野党は批判ばかり」という言説で、必要なのは「対案や提案だ」というのである。実際には野党は批判ばかりしているわけではないが、しかし批判しなかったら野党ではない。
 三権分立の行政府に対する立法府のチェックを実質的に担っているのは野党である。この野党という「虎の牙」を抜いて猫に変えようとするのが、このような主張にほかならない。寅年なのに猫になってどうするのか。三権分立は形骸化し、議会制民主主義も崩壊してしまうだろう。

 国民民主党の与党化と連合

 このような「悪魔の囁き」がどのような効果をもたらすのかが、国民民主党の行動によって示された。「提案型路線」によって牙を抜かれた姿が露わになったからである。それは国民民主の急速な与党化であった。
 国民民主は政府が提出した2022年度当初予算に賛成し、与党に向けて一歩踏み出した。これに続いて玉木代表は岸田首相、山口公明党代表と会談し、ガソリン税の一部を引き下げる「トリガー条項」の凍結解除などを要請した。
 岸田首相は「あらゆる選択肢を排除せずに検討する」と言うだけで、その実行を確約したわけではなかった。玉木代表は自公国3党による政策協議も要請し、与党側は「これからも意見や要望があればうかがう」と一定の理解を示したが、これも野党分断の策略にすぎない。
 このような国民民主の与党化の背景には支持団体である連合の変質がある。芳野友子新会長の就任以降、自民党への接近を強め、総選挙では共産党との共闘に反対し、「全トヨタ労働組合連合会」が与党と連携する方針に転じて野党系の組織内候補を擁立しなかった。選挙後も、自民党の茂木幹事長や麻生副総裁と個別に面会し、岸田首相も連合の新年交換会に出席してあいさつした。
 他方で自民党も連合との距離を縮める動きを見せている。塩谷立雇用問題調査会長が清水秀行事務局長と会談して連合の要望に寄り添う姿勢を強調し、選挙区に自動車工場などを抱える有志が「自動車立地議員の会」を設立して自動車関係の労組を引き込もうとしている。2022年の運動方針案でも「連合並びに友好的な労働組合との政策懇談を積極的に進める」と連合の名前を明記した。
 国民民主も連合も手を取り合って自民党へとすり寄っている。国民の期待も組合員の信頼も振り捨てて補完勢力になろうとしているのである。翼賛化を進めることで与党の一角に加わることを夢見ているのかもしれないが、結局は自滅の道を歩むことになるだろう。活路は市民と野党の共闘にしかない。

 平和で安全な東アジアと民主国家日本というビジョン

 市民と野党の共闘によって樹立される活憲の政府は、どのようにして日本の平和と安全を確保できるのか。それは平和で安全な東アジアの実現による周辺環境の安定化と、それを牽引できる民主国家日本への転換によって可能になる。そのためには、どの国によるものであっても覇権主義的な現状変更と横暴を許さず、国連憲章と国際法に基づいてあらゆる紛争や対立を話し合いで解決する国際的な枠組みを作らなければならない。
 具体的には、東南アジア諸国連合(ASEAN)のように話し合いで紛争の解決と武力行使の放棄を義務付けた友好協力条約(TAC)を締結し、東アジア共同体の創設をめざすことである。それは、特定の国を排除したり包囲したりするのではなく、北朝鮮や中国なども含めた包括的な対話と協力の地域に変える構想である。
 それを実現するためには、日本が過去の侵略戦争や植民地支配という負の歴史に正面から向き合い、その過ちを反省すること、日米軍事同盟への依存や在日米軍との一体化を改め、国家的な自立を回復して独自の外交を展開することが必要である。そのためにも、憲法9条の理念を活かした平和共存の道を追及する外交努力に徹することが不可欠の条件となる。
 平和で安全な東アジアと民主国家日本という将来ビジョンは憲法によって示されている。それを政治と生活に活かすことこそが連合政権の歴史的な使命であり存在価値なのだ。そのためにも、憲法を変えてはならない。変えるのではなく、その理念と条文を全面的に具体化できる政府の樹立こそがめざされるべき目標なのである。

むすび

 憲法をめぐる多面的で全面的な対決の天王山として、来る7月の参院選がたたかわれる。参院議員は任期6年で、半数ごとに改選される。したがって、選挙は3年ごとに繰り返されるが、今度の選挙は今までにない特別な意義と重要性をもっていることを強調しておきたい。
 それは総選挙で改憲勢力が議席を増やして3分の2を大きくこえ、明文改憲に向けて新たな局面を迎えて危険性を高めた時点での選挙になるからだ。したがって、その最大の課題は改憲勢力が3分の2の議席を超えることを阻止し、国会での発議を許さない力関係を作ることである。
 有権者の投票行動を通じて、明文改憲を許さないという意思を明確に表明できる貴重な機会になる。そのチャンスを生かさなければならない。まして、衆院が解散されなければ、今後3年間は国政選挙がない「黄金の3年間」となり、改憲に向けてじっくり取り組もうと狙っているからなおさらである。
 衆院選と異なって、参院選で野党が多数となっても政権交代に直結するわけではない。したがって、政権批判が直接に出やすいという傾向がある。まして、安倍・菅・岸田と続く「コロナ失政」によって国民の生命と健康、暮らしや雇用、経済がずたずたにされてしまった後の国政選挙である。国民無視の悪政に対する厳しい審判の機会としなければならない。
 また、この参院選は総選挙以降に強まった野党の弱体化と共闘の分断を狙う攻撃に対する反撃の機会としても重要である。一人区での共闘の維持と統一候補の勝利に努めるだけでなく、複数区では共闘に加わる立憲政党の議席拡大を目指さなければならない。市民と野党の共闘を再生・発展させ、立憲野党が全体として健闘・前進することによってこそ、来る総選挙での政権交代による活憲政府樹立に向けての展望を切り開くことができるからである。

nice!(0) 

5月2日(月) 岸田政権の危険な本質と憲法闘争の課題(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No.303 、2022年5月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

2, 憲法闘争の多面的な課題

 明文改憲の阻止

 岸田政権の改憲策動に対しては、多面的で多角的な憲法闘争が展開されなければならない。その中心的な課題は、言うまでもなく明文改憲に向けての発議を阻止することである。そのためのたたかいの場は国会と地域にある。そして、この両者を媒介するのが情報戦とも言うべきメデイア環境をめぐる取り組みである。
 第1の国会での攻防は、一段と激しさを増している。維新の会が存在感を高め、憲法審査会で審議の促進を求め、予算委員会など各種委員会でも政府・与党の補完や牽引力として改憲を焚き付ける動きを強めているからである。これに対しては、立憲野党の孤立と動揺を防ぎ、共産党の排除を許さない取り組みが重要になっている。
 第2の草の根での攻防も強まっている。自民党が地方や地域から対話集会や講演会を開催するなど、世論の喚起に本腰を入れ始めたからである。これに対しては、「憲法改悪を許さない全国署名」を武器に、地方・地域や駅頭での宣伝活動、学習・講演活動に精力的に取り組む必要がある。
 そして、第3のメデイア環境をめぐる攻防も新たな局面を迎えている。旧来の情報伝達手段としての新聞やテレビ、週刊誌などに代わって、インターネットや会員制通信サービス(SNS)が台頭し、若者などを中心に社会的な影響力を高めているからである。これに対しては、読売新聞やNHKなどの政府寄りの報道姿勢を糾し、自民党の情報操作に対抗しなければならない。ネットなどでの個人の役割の増大に対応して、情報発信力の強化にも取り組む必要がある。
 これらの攻防の最終的な焦点は世論の争奪戦ということになるだろう。それが集約されるのが選挙であり、当面の決戦の場は夏の参院選である。この決戦に向けて、どれだけ改憲反対の世論を盛り上げられるかどうかが、改憲発議をめぐる勝敗を分けることになる。

 解釈改憲と実質改憲の是正

 岸田政権に対峙する憲法闘争は、改憲を阻止すれば良いというだけではない。改憲を阻止しても、反憲法政治の現状が残るからだ。したがって、憲法解釈の変更によって歪められた平和主義の回復と、それを定着させるための法や制度の改悪も是正しなければならない。最近でも、オンライン国会を可能にするための56条解釈を憲法審査会での多数で押し切るという動きがあった。このような解釈改憲の阻止と実質改憲の是正による活憲政治の実現が必要なのである。
 そもそも野党共闘の始まりは戦争法に対する反対運動にあった。それは特定秘密保護法や盗聴法、「共謀罪」法などの実質改憲に反対する運動を引き継いでいた。野党共闘にとって戦争法廃止は「一丁目一番地」だからこそ、市民連合を仲立ちとした政策合意の最初に「安保法制、特定秘密保護法、共謀罪法などの法律の違憲部分を廃止」することが掲げられていたのである。
 しかも、戦争法の危険性は一段と高まっている。これによって集団的自衛権の行使が一部容認され、米軍支援のための自衛隊の海外派兵が可能とされたが、このとき想定されていたのは中東地域だった。しかし、「米中対立」が激化し、「台湾有事」が懸念されている今、米軍と共に自衛隊が活動するのは台湾周辺や東シナ海であり、「日本有事」に直結すると考えられている。
 22年1月7日の日米安全保障協議委員会2+2では「中国の脅威」に対して共同での「抑止」や「対処」を確認し、「日米は緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎」するとまで踏み込んだ。偶発的な武力衝突が生じた場合でも、それが戦争法で規定する重要影響事態などに認定されれば、米軍防護などの名目で自動的に自衛隊が戦闘に巻き込まれることになる。
 このような事態を避けるためにも、戦争法の違憲部分の廃止は一刻の猶予もならない。火花が散る可能性がある地域にガソリンを積んで近寄るような愚行は避けるべきだ。必要なことは、たとえ火花が散っても燃え上がることのないように「水をかける」ことであり、そのために外交交渉で緊張の度合いを低めることである。

 敵基地攻撃・先制攻撃論の誤り

 憲法解釈の変更をテコにした実質改憲の最たるものは、最近注目されている敵基地攻撃能力の保有(敵基地攻撃論)であり、ミサイル攻撃阻止のための先制攻撃の構想だ。いずれも、これまで国是とされてきた「専守防衛」の範囲を踏み越えるものであり、明確な憲法違反となる。
 敵基地攻撃能力とは、北朝鮮による度重なるミサイル発射実験を念頭に、ミサイルが発射される前に敵基地を攻撃して未然に防ごうというもので、自衛隊が相手国の領域にある発射地点を直接攻撃することを意味している。しかし、これは荒唐無稽で実行不可能な空理空論にすぎない。
 このような主張が生じてきたのは、イージスアショアなどによる弾道ミサイル防衛(BMD)が不可能になったからだ。ミサイル技術が格段に進歩し、極超音速ミサイルや変速軌道のミサイルは迎撃が困難だからこそ、発射される前に攻撃することで防ごうというのである。しかし、ミサイルを発射する「敵基地」とはどこなのか。個体燃料によって移動する車両や列車、潜水艦などから発射されれば攻撃目標を特定することはできない。
 敵基地攻撃のための相手国空域内での爆撃は「排除しない」と、岸信夫防衛相は憲法違反の答弁を行っているが、このような想定自体、空理空論にすぎない。それでも全土をせん滅するだけの軍事力を保有すれば抑止効果を上げることができるという妄言もあるが、そうなれば際限のない軍拡競争の泥沼に引きずり込まれるだけである。
 それではどうするのか。このような攻撃を防ぐ方法は一つしかない。どのような国でも、ミサイルを発射する意図を持たせないようにすればよい。そのための友好関係の確立と緊張の緩和を生み出す外交努力こそが、唯一の解決策なのである。
 軍事的に防ぐことができなければ、外交的に防ぐしかない。対話と交渉によって敵意を和らげて緊張を緩和し、脅威を減らすことによって安全を確保することこそ、唯一、実現可能で現実的な道なのである。そして、これこそ憲法9条が定める平和主義の路線にほかならない。

 新たな解釈改憲としての「核共有」論

 ウクライナを侵略したロシアが核兵器による威嚇を行ったことを口実に、日本でも米国との「核共有(ニュークリア・シェアリング)」の議論をすべきだという主張が安倍元首相ら自民党の政治家によってなされ、日本維新の会はそのための提言を出した。これは核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという「非核三原則」を踏みにじり、原子力基本法や核拡散防止条約に違反し、核兵器禁止条約にも逆行する暴論である。
 「核共有」とはNATOの方策で、米国はイタリア、ドイツヨーロッパ、トルコ、ベルギー、オランダの5カ国に核爆弾を計150発配備している。安倍元首相の言うように日本もそうすれば、在日米軍基地や自衛隊基地に核を貯蔵・管理する施設が作られ、自衛隊は核攻撃能力のある戦闘機を保有することになる。「非核三原則」が禁じた「核持ち込み」どころか自衛隊が核攻撃に参加するのである。
 これが核軍拡競争に一層の拍車をかけることは明白だ。万一、周辺国との紛争になれば、核爆弾を配備している日本の基地が攻撃の標的になる。米国との「核共有」という議論はプーチン大統領と同じ立場に立つことになり、有害でしかない。
 日本は広島と長崎に核爆弾を投下された唯一の戦争被爆国である。また、福島第1原発での放射能漏れなど、最悪の原発事故も経験している。核の怖さを最もよく知る日本は、世界に向けて核廃絶のメッセージを出して、核兵器と原発の廃止のために先頭に立つべき歴史的な使命を帯びている。憲法の解釈を変えて核をもてあそぶような愚行は断じて許されない。

 改憲反対とともに憲法に基づく政治の実現を

 歴代の自公政権は、明文改憲に向けての世論の喚起と共に、日米軍事同盟の強化、米軍基地の拡充、自衛隊の定着と国軍化を図ってきた。いずれも戦争を放棄し陸海空軍の戦力の不保持を規定する憲法9条に反する違憲の政治である。改憲に反対するとともに、このような政治のあり方を変え、憲法に基づく政治を実現しなければならない。
 日米軍事同盟がもたらす最大の問題は米軍基地と日米地位協定の存在である。首都の周辺を米軍基地が取り巻き、上空を軍用機が飛び交い、空域が占有されている。まるで占領状態が継続されている植民地のような扱いを受けている。いつまでこのような状態を続けるのか。
 日米地位協定において、このような占領状態の継続はさらに顕著である。米軍犯罪に対する裁判自主権はなく、締結以来一度も改定されていない。同様の条約を結んでいるイタリアやドイツ、フィリピンやオーストラリアなどとは大違いである。新型コロナ感染対策を徹底する点でも大きな抜け穴となった。これらの問題点を解決するための地位協定の改定は急務だ。
 なかでも、沖縄の辺野古で進んでいる新基地の建設は大きな問題を引き起こしている。軟弱地盤の存在が明らかになり、いつ完成するのか、どれだけの費用が掛かるのかが不明で、県民の多くが反対している。直ちに中止し、これとは別個に普天間基地の返還と基地負担の軽減を実現すべきである。
 鹿児島や沖縄の南西に広がる宮古島や石垣島でも、中国を仮想敵とした自衛隊基地の増強が行われつつある。本土を含む各地の自衛隊基地でも、無人偵察機や無人攻撃機、オスプレイなどの配備計画が進められている。このような南西諸島の攻撃拠点化や米軍・自衛隊基地機能の強化は攻撃されるリスクを高めて軍拡競争を引き起こすだけであり、直ちに中止しなければならない。
 米軍兵器の爆買い、ヘリコプター空母の改修、長距離ミサイルの導入など、軍事大国化を目指した防衛費の増大も毎年続き、岸田政権は昨年の総選挙でGDP2%枠の突破も視野に入れた公約を掲げた。憲法9条を理念とする平和国家のあり方はもはや「風前の灯」だと言わなければならない。

nice!(0) 

5月1日(日) 岸田政権の危険な本質と憲法闘争の課題(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No.303 、2022年5月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

はじめに

 安倍晋三元首相が執念を燃やした憲法の明文改憲に向けての動きは、岸田文雄首相によって受け継がれた。それだけでなく、ロシア軍によるウクライナ侵略を利用した危機便乗型の改憲論も強まるなど、改憲発議の危険性が現実の脅威とされるような新たな局面が生まれている。
 安倍元首相がビデオメッセージで「2020年の新憲法施行」への意欲を表明してから4年。改憲反対を掲げる署名活動の効果などもあって、発議はなされなかった。国民運動の大きな成果である。
 しかし今日、改憲策動が新たな局面を迎える状況の下で、改憲阻止を中心とした多面的な憲法闘争の必要性が高まっている。憲法条文の書き換え(明文改憲)に向けての発議に反対するだけでなく、憲法解釈の変更(解釈改憲)を阻止し、憲法に反する法律や制度の改変(実質改憲)も許さない取り組みが求められている。
 また、これらの多面的な改憲策動(明文改憲・解釈改憲・実質改憲)に反対するだけでは不十分である。それと共に、憲法に基づく内政や外交、安全保障政策についての将来ビジョンを明らかにし、それを実現して政治や生活に活かせる活憲政府の樹立をめざさなければならない。
 このような政府は、立憲野党による共闘によってこそ樹立することができる。改憲発議阻止を中心とした多面的な憲法闘争と野党共闘による連合政権樹立による活憲の政府に向けての展望を切り開くことがこれからの課題である。その天王山となるのが、7月の参議院選挙にほかならない。

1, 改憲策動の新局面と危険性

 ロシアによるウクライナ侵略の教訓

 2022年2月24日、西部の国境地帯で大規模な演習を繰り返していたロシア軍は、大挙してウクライナへの侵略を開始した。プーチン大統領はこれを正当化する演説を繰り返したが、「主権の尊重」「領土の保全」「武力行使の禁止」を加盟国に義務付けた国連憲章をはじめとする国際法に反する侵略であり、断じて許されない暴挙である。これを機に、憲法の平和理念に反する「力対力」による軍事的な対応の必要性が声高に主張されるようになった。しかし、これは大きな間違いである。
 戦争が始まれば多くの死傷者や難民が出ることは避けられない。そうなったこと自体、それまでの政治や外交が失敗したことを意味している。いかなる理由があっても戦争を始めてはならず、最終的にその「引き金」を引いたのはロシアのプーチン大統領だ。「戦争犯罪人」としての責任を免れることはできない。
 何よりも対立や紛争は武力によってではなく、話し合いで解決されなければならない。力に対して力によって対抗しようとすれば、必ず破局をもたらし犠牲を生む。最善の解決策は対立を激化することなく敵愾心を持たせず、友好関係を維持しながら緊張を緩和することである。それに失敗した結果が戦争となる。
 軍拡や軍事同盟への依存は逆効果だということも明らかになった。ロシアの侵略の口実は北大西洋条約機構(NATO)の東方への拡大であり、それへのウクライナの加盟問題である。ウクライナも米欧もこの点を過小評価していたのではないか。NATOへ加盟し安全を確保しようとすることは、対立激化の一因となり侵略の口実とされた。軍拡や軍事同盟への依存は周辺国の敵愾心を刺激するだけで、安全をもたらさなかった。安全保障のパラドクス(逆説)である。
 また、プーチン大統領が主張したロシアの論理は、「敵基地攻撃論」と同じ誤りを示している。ウクライナがNATOに加盟すれば大きな脅威となるから、それを阻止するために攻撃したとするプーチンの説明は、ミサイルを発射されれば大きな脅威となるから、その前にせん滅すべきだという主張と紙一重だ。結局は、相手国に対する先制攻撃を正当化するための屁理屈にすぎない。
 重要なのは、戦争を回避するためにあらゆる外交努力を行うことだ。戦争で犠牲になるのは一般市民で、軍産複合体が喜ぶだけだ。戦争回避に必要なのは武力ではなく、友好的な互恵関係を築くための外交なのである。

 岸田政権の危険性と自民党の変質

 岸田首相は池田勇人を祖とする宏池会の出身である。そのために、リベラルで軽武装、経済主義という衣をまとって登場した。自民党総裁選に立候補した当初、「令和の所得倍増」などと口走ったように、岸田首相自身、このようなイメージを充分に自覚していたと思われる。
 しかし、それは単なる幻想にすぎない。外見は異なって見えても、中身は同じだからだ。安倍元首相や麻生元副総理の支持と支援によってその地位を手に入れた岸田首相にとって、安倍・菅政治の継承は既定路線だった。とはいえ、その共通の路線を異なったイメージを活用しながら、異なったやり方で実行しようとしているところに岸田首相のしたたかさと危険性がある。
 岸田内閣に対する支持率の動きは、それ以前とは大きく異なっている。図1のグラフ(省略)はNHKによる調査を示したものだが、新型コロナウイルスによる感染拡大の第6波が訪れたにもかかわらず、比較的高止まりしているからだ。毎日新聞の調査では不支持率が支持率を上回ったが、それでも45%と4割台の支持率を維持している。これまでの岸田内閣への支持は比較的安定しており、その点にしぶとさが示されている。
 岸田政権は同じ宏池会出身だということで、池田政権と比較されがちだ。池田元首相は安保闘争を引き起こした岸前首相の後を引き継ぎ、所得倍増という経済主義路線を打ち出し、強権的な政治主義によって生じた混乱を収束させた。岸田政権は「聞く力」を売り物に、前任者の強権的手法とは一線を画している。
 しかし、池田元首相と似ているのはこの点だけである。総裁選で主張していた「金融所得課税」や「新自由主義からの転換」は早々と姿を消し、「新しい資本主義」はスローガンだけで実体は見えない。新型コロナ対策での後手、子ども一人当たり10万円給付での混乱、ワクチン接種の遅れ、経済無策などは前政権と変わらず、改憲と軍事大国化路線は前政権以上に際立っている。
 その背景には、国民の保守化に対応した自民党の変質がある。第2次安倍政権の下で、自民党は多元的な政治潮流を含むキャッチ・オール・パーティーとしての特徴を失った。安倍・菅政治に追随する右翼的保守派に支配される部分政党(キャッチ・パート・パーティー)に変わったのである。自民党総裁選に立候補すらできなかった石破茂元幹事長とそのグループの末路が、多元性を失ってしまった自民党の変質を物語っている。

 岸田首相による改憲策動の多面性
 
 このような自民党の変質のもう一つの現れが、岸田首相とその出身派閥である宏池会の変容であった。池田元首相は明文改憲路線から解釈改憲路線へと転じ、国論を二分するような政治的対立を避け、所得倍増計画によって国民の支持を集めた。岸田首相の先輩に当たる古賀誠元宏池会会長は『憲法9条は世界遺産』(かもがわ出版)という著書を上梓し、9条改憲に反対していた。
 岸田首相自身もかつて「9条改正は必要なこととは思わない」と発言しており、2017年放送のラジオ番組でも「自民党として丁寧な議論を行っていきたい」と答えるなど、改憲に積極的ではなかった。それが変化したのは、安倍後継総裁に向けて禅譲路線を取り、安倍元首相におもねる対応に転じたからだ。改憲の機運を高めるための全国行脚などを提起したのもこのとき以降である。
 このような安倍元首相への迎合は、昨年の総裁選でさらに強まった。それは支援への返礼であると同時に、安倍元首相を支えてきた右翼保守派にすり寄り、自民党の右傾化と部分政党への変質に対応するためでもあった。自民党内で多数派となるために、右へとハンドルを切ったのである。
 こうして、岸田首相は明文改憲を推進する路線に転じた。ただし、安倍首相のように正面から改憲の旗を振ることは避けている。トップが改憲論議を引っ張ろうとして反発を強めた反省があるからだ。2022年1月17日の施政方針演説でも「国会での論戦を深め、国民的な議論を喚起していく」と述べるにとどめていた。
 他方で、昨年11月19日の自民党総務会で「憲法改正推進本部」を「実現本部」に改め、本部長に古屋圭司元国家公安委員長を充てる人事を決定した。その後、タスクフォースを立ち上げ、全国11ブロックの責任者を集めて連休までに全都道府県連で少なくとも1回の集会を開くこととし、2月6日に岐阜市で初の地方集会を開催した。
 このように、岸田改憲路線は国民向けと党内向けを使い分け、国民に対しては改憲に消極的だという宏池会のイメージを利用しようとしている。また、国会内での憲法審査会を舞台にした発議に向けての準備だけでなく、「国民世論の喚起」を重視するのも特徴的である。
 さらに、このような明文改憲に向けての取り組みだけでなく、憲法解釈の変更による敵基地攻撃能力の保有と先制攻撃、国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画という3文書を9年ぶりに見直すなど実質改憲にも着手しようとしている。岸田首相の改憲策動がこのような多面性を持っている点に注意しなければならない。
 これらの見直しに際して、岸田首相はあらゆる選択肢を排除しないとしている。しかし、これも大きな間違いだ。戦争に結びつくような憲法に反する選択肢は断固として排除しなければならない。憲法99条による憲法尊重・擁護義務を無視することは許されない。

 新局面が始まった

 以上に見たような多面的な改憲策動への着手という岸田首相の手法が、新局面の大きな特徴になっている。それだけではない。明文改憲に向けても新たな動きが生じている。その最たるものは、前述の憲法改正実現本部を司令塔に本腰を入れて世論工作を始めていることだが、その他にも以下のような点が注目される。
 第1に、昨年の総選挙の結果、日本維新の会と国民民主党が議席を増やし、改憲に積極的な姿勢を示していることである。自民党が世論喚起に本腰を入れ始め、憲法審査会での審議促進を図っているのも、野党内で改憲支持勢力が増え、衆院での発議の可能性が高まったからにほかならない。
 第2に、国民投票の手続きを定めた国民投票法が、昨年の通常国会で改定されたことである。これについては、3年以内にコマーシャル規制などについての改定を行うこととされているが、それが改憲の歯止めになるかどうかについては自民党と立憲民主党の間で解釈が分かれている。
 そして第3に、野党第一党の立憲民主党が孤立を恐れ、自民党とそれに同調する維新などに妥協的な対応を示し始めていることである。予算審議中の憲法審査会の開催に否定的だった立憲民主党は方針を転換し、22年2月10日の衆院憲法審査会への出席に応じた。衆院での予算審議中の開催は13年2月以来のことであった。
 改憲発議に向けて、これまでにない危険な局面が訪れている。しかし、このような動きは国民の意識と大きく乖離している。図2(省略)は、NHKが昨年の衆院選に際して最も重視する選択肢を挙げて聞いた調査である。それによれば、「経済・財政政策」が34%、「新型コロナ対策」が22%、「社会保障制度の見直し」が22%、「外交・安全保障」が6%、「環境・エネルギー政策」が6%となっており、「憲法改正」は3%で最も少なかった。国民は「憲法改正」を望んでいるわけではない。

 改憲の狙いは戦争と独裁

 自民党は憲法条文の書き換え(明文改憲)に向けて、9条への自衛隊明記、緊急事態条項の新設、合区の解消、教育環境の充実という4項目の原案を提示している。これが俗にいう「改憲4項目」である。その中心的な狙いは、1番目の自衛隊明記と2番目の緊急事態条項にある。
 これによって「憲法の3原則は変えません」と自民党は言い訳しているが、自衛隊明記は平和主義に反し、緊急事態条項は国民主権と基本的人権の尊重に抵触する。いずれも「憲法の3原則」を変更することになる。憲法原則の変更は「憲法改正」ではなく、新しい憲法の制定を意味する。
 憲法9条への自衛隊明記の目的は、「最小限の実力部隊」であって「軍隊ではない」とされてきた自衛隊の「国軍化」を実現し、米軍と共に戦争に加わることを可能にすることにある。確かに、平和・安保法制(戦争法)によって集団的自衛権は部分的に行使できるようになり、重要影響事態や存立危機事態と認定されれば米軍と共に作戦行動に参加することができるようになった。
 しかし、それは武器等防護や補給支援などであって、今日でも武力行使を目的としたフルスペック(完全な形)での海外派兵は認められていない。完全な形での集団的自衛権行使のための海外派兵、たとえば「台湾有事」に際しての米軍との共同作戦を可能にするためには、「憲法9条の縛り」を解除しなければならない。そのための手段こそ、9条への自衛隊の明記なのである。
 緊急事態条項を新設する目的は、「大地震が発生した時などの緊急事態対応を強化」することだとされている。「緊急事態においても、国会の機能をできるだけ維持」し、「内閣の権限を一時的に強化し、迅速に対応できるしくみを憲法に規定」すると、自民党は説明している。
 しかし、緊急時に「国会の機能をできるだけ維持」するというのは真っ赤な嘘だ。新型コロナウイルスの感染拡大によってパンデミック(感染爆発)が生じ、「緊急事態宣言」が発出される「緊急事態」の下、憲法53条に基づいて臨時国会の召集が求められても、国会は召集されなかった。
 真の狙いは「内閣の権限を一時的に強化」して法律と同様の効力を持つ政令を出すことにある。国民主権によって成り立っている国会を有名無実化し、その立法権を奪って行政府による専制を生みだそうというのだ。このような独裁が可能になれば国民の基本的人権は無視され、戦争へと動員することが容易になる。改憲の狙いは、まさに戦争と独裁にあると言わなければならない。

nice!(0) 

1月15日(土) 政権交代への課題と展望-2021総選挙の結果から見えるもの [論攷]

〔以下の講演記録は、『八王子学術・文化日本共産党後援会ニュース』NO.19 、2022年1月10日付、に掲載されたものです。〕

 立憲野党躍進と政権交代を掲げて全力を尽くした10月31日の総選挙。大きな期待をもって臨んだ選挙であったからこそ、その結果に意気消沈してしまった人も多かったのではないでしょうか。そのようななか、五十嵐仁さんに選挙結果について、選挙を巡る情勢と客観的条件のもとで、どのような分析・評価ができるのかということを野党共闘の新たな展開を軸に語ってもらいました。以下にその概要を紹介します。
 
 総括の視点

 冒頭、五十嵐さんからは、選挙結果の分析・評価を行う際の三つの視点が提示されました。
① 新型コロナ感染症の蔓延が総選挙前に急速に収まったため、コロナ対策の迷走への責任を逃れ与党の側でワクチン接種の成果を大々的にアピールできたこと、
② コロナ対策のために3密の回避が叫ばれ、市民が集まる政治運動や選挙活動などが大きく制約されたこと
③ コロナ禍で政治家の判断が生活に直接影響することを体験したことなどから、政権交代など現状が大きく変わることに国民が慎重になったのではないか。
 菅前首相をはじめとした自公政権には大きな不満が寄せられていたが、菅前首相が身を引くことによって局面が大きく変わった。いわば「敵失」に乗じて議席数を増やせると期待していた野党側には一種の「楽観ムード」があり、政権交代後の明確なビジョンを市民に提示することへの真剣な努力が十分ではなかったのではないかとの分析が述べられました。
 そのうえで、選挙結果を総括する際には、後ろ向きではなく前向きに、前進のためには何が必要かという視点での分析が行われなければならないという視点も示されました。

 自民党減、立憲・共産減

 自民党は単独過半数を突破し絶対安定多数を獲得したものの、15議席を減らした。野党共闘候補の当選で幹部や重鎮が落選したこともあり、政権への打撃は少なくなかった。
 一方で、立憲民主党は、小選挙区で9議席増えたものの、比例で23議席を減らした。立憲民主党の議席が比例代表で減ったのは、応援していた支持者(連合の組合員)などの票が維新や国民民主などに流れたからだ。
 連合は、立憲民主党の足を引っ張ることで共闘を破壊し、選挙の結果を口実にして共産党との共闘に冷や水を浴びせるような行動をとっている。立憲民主党は地方組織が弱く、連合の組合員を動員しなければポスターなども貼りきれない。昔の社会党と同じように、議員党的体質・労組依存・日常活動の不足という弱点がある。連合に依存しなくても闘える力強い組織づくりに日常的に取り組まなければならない。
 また、有権者のなかには、いまだ民主党時代の印象が影を落としている。コロナ禍のなかで、かつての震災の時のような危うさを感じ、危機を乗り切れるのかという不安があったかもしれない。野党共闘の側は、政権交代後のイメージとして旧民主党時代の印象を拭えなかったのではないか。
 この「負のイメージ」を払拭するためには共闘の本気度を有権者に示す必要があった。立憲民主党は連合に遠慮した結果、本気になって野党共闘に取り組むというよりも、むしろ共産党と距離をとることに腐心した。これでは野党共闘のブームを生んで「追い風」を吹かせることはできない。
 維新の躍進が取りざたされているが、前回減であったため前々回の41議席に戻ったにすぎない。関西でテレビに出続けた吉村大阪知事の人気が高く、選挙前に対決姿勢に転じたことも奏功した。政権交代に不安を抱いた政権批判票が「途中下車」して維新や国民にとどまったということだろう。
 投票率は、55.93%で前回よりは上昇したが、3番目の低さだった。野党を分断して投票率を低く抑えれば、政権は維持される。逆に、野党共闘で投票率を高めて支持を増やさなければ政権交代は実現できない。

 政権党の動向

 横浜市長選挙を境に、菅前首相では総選挙に大敗するのではないかという危機感が自民党で急速に広まり、菅抜きで自民党総裁選へ向かうこととなった。総裁選はメデイアジャックと言われるほどクローズアップされた。総選挙は公職選挙法による規制があるが、総裁選にはない。「公平性」も求められない。総選挙より総裁選報道に力を入れた報道姿勢に問題があった。自民党のイメージアップに協力したようなものだ。
 9月まで野党共闘は連戦連勝だったが、総裁選での報道で一変した。自民党の「幅の広さ」が演出され、高市さんや河野さんに比べれば岸田さんはマイルドな印象も振りまかれた。その雰囲気が残っているうちに総選挙に突入した。新内閣発足の「ご祝儀相場」があるうちに「奇襲」をしかけるという自民党の「作戦勝ち」だった。
 市民連合を仲立ちとした立憲民主党と共産党との20項目の政策合意は評価できるが、遅すぎた。部分的閣外協力の合意も遅かった。これらの合意は「野合」だと非難されたが、自公政権は選挙に向けての政策合意など一度も行っていない。だから選挙が終わってから10万円給付をめぐって大混乱している。大阪での維新と公明の「住み分け」こそ、「野合」そのものではないか。岸田新政権発足時の首班指名で共産党などは立憲の枝野代表の名前を書いた。部分的な閣外協力はすでに始まっていたのだ。連合政権になれば法案成立のために協力するのは当たり前だ、
 政権交代後の明確なビジョンを示しきれなかったことが最大の弱点だった。安保・自衛隊・天皇制などについても、当面、存続を認める点で立憲民主党と共産党との間に大きな違いはない。これについて有権者へ十分にアピールして不安を払拭できなかったことも反省点ではないか。

 野党共闘の成果と今後の課題

 5ポイント差の僅差の選挙区も多く、共闘は成果を生んだ。野党には共闘の維持・発展と足腰の強化が望まれる。地方議員を増やし地方から代案を提示していく取り組みを行わなければならない。首長選での自民との「相乗り」などはもってのほかだ、情報発信にも工夫が必要だ。ネットやSNSなどで自主的に情報発信する人を増やしていくことが急務だ。
 参院選で勝利し「ネジレ国会」を実現することで、衆院の解散・総選挙に追い込んでいくことが必要だ。政権交代に向けての決戦は、それまで持ち越されたことになる。

nice!(1) 

12月7日(火) 総選挙の結果と野党共闘の課題 [論攷]

〔以下の論攷は、安保破棄中央実行委員会の機関紙『安保廃棄』第487号、2021年12月号、に掲載されたものです。〕

 総選挙は大変残念な結果となりました。自民党は15議席減となったものの261議席を獲得し、単独で多数を得たばかりか、常任委員会に委員長を出しても多数を維持できる絶対安定多数を獲得しました。公明党は3議席増でしたから、与党は12議席減の293議席となって政権を維持しています。
 これに対して、政権交代を迫った共闘勢力は、立憲が14議席減の96議席、共産が2議席減の10議席、れいわが2議席増の3議席、社民は増減なしで1議席となりました。注目されるのは、立憲が小選挙区で11議席を増やしているのに比例代表では23議席も減らしたことで、共闘の効果と立憲自体の「自力」の無さが端的に示されています。
 このどちらにも加わらなかった「第三極」の維新は30議席増の41議席、国民民主は3増で11議席となっています。この結果、与党に維新を加えた改憲勢力は334議席で発議に必要な3分の2の310議席を大きく超え、改憲の危機が高まりました。
 どうして、このような結果になったのでしょうか。

 結果を生み出した背景と理由

 その第1の理由は、自民党による「奇襲攻撃」が成功したことにあります。菅義偉前首相の不出馬表明による「敵失」の消滅、総裁選によるメディアジャックと野田聖子立候補によるイメージアップ、宏池会出身の岸田文雄新首相の選出などによって好印象を強め、自民党はその効果があるうちに解散・総選挙を仕掛けました。コロナ感染の収束とも相まって、この自民党の作戦が功を奏したと思われます。
 第2には、政権選択選挙固有の困難性が存在したということです。参院選とは異なって衆院選で多数を失えば直ちに政権を去らなければなりません。「一票による革命」ともいえる大転換によって権力を失うことを恐れた支配層は警戒感を高めて反撃に転じ、野党共闘の側が一時的に押し返されたというのが今の局面になります。
 それだけ野党共闘が効果的な戦術だったということです。甘利明幹事長や石原伸晃元幹事長など自民党の重鎮が落選し、統一候補の当選が62、接戦区は54など、次につながる成果があったからこそ、全力を挙げて共闘を破壊しようとしているのです。
 第3に、国民の側からすれば、直ちに政権が変わることへの不安やためらいがあったように見えます。一方では、アベスガ政治やコロナ失政に対する怒りや失望は大きく、自民に「お灸」を据えたいと思っていても、他方で、コロナ禍によって政治と生活との関りを痛感し、野党連合政権に任せて大丈夫かという懸念もありました。
 民主党政権時代の忌まわしいイメージを払しょくし、不安よりも期待感を抱いてもらうという点で十分ではなかったということです。その結果、国民は政権交代なしで与党に「ノー」を突きつけるために「第三極」を選んだように見えます。政権批判票が「途中下車」して維新や国民民主にとどまったということになります。

 野党共闘の課題

 来年夏には参院選があります。それに向けて捲土重来(けんどちょうらい)を期すためには何が必要なのでしょうか。今後の闘いにおいて留意すべき点や野党共闘の課題はどこにあるのでしょうか。
 第1に、野党共闘の成果を確かめ、その維持・強化を図ることです。与党の奇襲に対して、共闘側は9月8日に政策合意を行い、30日に立共党首会談で部分的な閣外協力についても合意しました。これ自体は重要な前進でしたが、遅すぎました。衆院議員の任期は決まっていましたから、もっと早く政権交代によって実現可能な「新しい政治」のビジョンを示し、国民の期待感を高める必要があったのではないでしょうか。
 第2に、共闘に取り組む各政党の本気度を目に見える形で示すことが必要です。問題は共闘したことにあったのではなく、それが十分に機能しなかったところにありました。特に、反共主義の連合が横やりを入れ、それに遠慮した立憲の枝野代表は共産との同席を避けていました。このような「ガラスの共闘」ではなく「鋼鉄の共闘」へと鍛え直すことが必要です。
 第3に、今後も逆流は強まることが予想されます。すでに、連合と国民民主による立憲への揺さぶりや維新による攻撃、共産排除など共闘破壊の動きが強まっています。反共攻撃など根拠のない誹謗や中傷に的確に反論し、統一の歴史と連合政権の政策についてのきちんとした学習と情報発信が重要です。無きに等しい政治教育や与党に忖度したメデイアによる歪んだ報道と偏見も正さなければなりません。

 特別の役割への期待

 国民の誤解を晴らすという点では、安保破棄中央実行委員会には特別の役割が期待されます。安保・自衛隊について立憲と共産の間に大きな隔たりがあるかのように報じられているからです。実際には、安保破棄は軍事同盟をなくして日米間の平和友好関係を強め、軍事的従属状態から対等・平等な関係に変えることで、それは将来の目標であって直ちに実行されるわけではありません。急迫不正の侵害に対しては自衛隊を活用して反撃するということですから、当面の政策では立憲と共産の間にそれほど大きな違いはありません。
 だからといって、安保の現状を容認するのではなく、安保破棄の国民的合意を目指して安保そのものを正面から取り上げて活動しなければなりません。同時に、憲法に基づいた厳格な運用に努め、安保破棄を可能にするような環境整備に努めていくことが、連合政権の外交・安保政策の基本になります。具体的には、戦争法の違憲部分の廃止、日米地位協定の改定、米製兵器の爆買いの中止、防衛費の削減、核兵器禁止条約への参加、北朝鮮との国交回復と拉致問題の解決、韓国との関係改善を始めとした周辺諸国との緊張緩和と友好促進などです。
 安保破棄を要求する団体がこのような展望を示し情報発信を行ってこそ、大きな説得力が生まれるのではないでしょうか。それは政権交代への国民の不安を払拭し、新しい「希望の政治」への期待を高めるにちがいありません。

nice!(0) 

11月24日(水) 総選挙の結果をどうみるか(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』No.820 、2021年12月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 漁夫の利を得た「第三極」

 今回の総選挙で注目を浴びたのは、与党でなく野党共闘にも加わらない「第三極」政党の健闘でした。とりわけ維新は11議席から30増の41議席へと4倍近くも躍進し、国民民主も8議席から3増で11議席へと前進しました。この両党は独自性をアピールすることで、「漁夫の利」を得たのです。
 与党が支持できなくても、直ちに政権交代をもとめない有権者がかなり存在していました。これまでとはちがった政治を望み、政治を変えたいと願っていても、政権が代わることには不安を抱いたのではないでしょうか。このような人びとの「受け皿」になったのが「第三極」だったと思われます。
 維新は「遅れてきた右派ポピュリズム」で、岸田政権に飽き足らない極右や「改革」の旗印に幻想を抱く反自民層をひきよせたようにみえます。コロナ禍によって全国的に知名度をあげた維新副代表の吉村洋文大阪府知事の「人気」や地元大阪での地方議員や首長を総動員した組織力の成果でもあります。
 維新はこれまで自公政権の補完勢力でしたが、総選挙では意識的に対決姿勢を示して政権批判の「受け皿」をめざしました。これが功を奏しましたが、基本的には新自由主義で右からの政権批判勢力にすぎません。今回の選挙でよせられた期待にどれだけ応えられるかが、これから問われることになるでしょう。

 次の決戦は来年の参院選

 今回の結果、決戦は来年7月の参院選と、その後の総選挙へと先送りされました。その決戦にむけて、野党共闘を本気の共闘へと質的に高めていけるかどうかが問われています。とりわけ、立憲にとっては連合の横槍を跳ね除けて本腰を入れた共闘にとりくめるかどうかが試されることになるでしょう。
 野党共闘は紆余曲折が避けられません。その発展によって政権交代が現実の課題となり、支配層は大きな危機感を抱いて必死に巻き返したというのが、現在の局面です。初めてのチャレンジで厳しい試練にさらされましたが、本格的な分断工作はこれからで臥薪嘗胆が求められます。共闘をまもり強化し、何が足りなかったのか、課題を明らかにして参院選での捲土重来を期さなければなりません。

nice!(0) 

11月23日(火) 総選挙の結果をどうみるか(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』No.820 、2021年12月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 日本の命運を決するとして注目されていた総選挙の結果がでました。コロナ禍のもとでのはじめての国政選挙(補選などを除く)であり、市民と野党の共闘が与党とがっぷり四つに組んで政権交代を迫った初の選挙でもあります。この総選挙での各政党の議席は図(省略)のようになっています。
 自民党は議席を減らしたものの公明党は増加し、政権与党は過半数を維持しました。「めでたさも最小限の自民減」というところです。野党では立憲民主党と共産党が後退し、日本維新の会が躍進しました。その背景と要因は、どのようなものだったのでしょうか。

 自民党は最小限の敗北

 自民党は改選前の276議席より15減らして261議席になっていますから、敗北したことは明らかです。しかし、当初予想されていたほどではなく、最小限の敗北でふみとどまりました。単独過半数の233議席を超えただけでなく、常任委員会に委員長をだしても多数を占められる「絶対安定多数」の261議席に達しています。
 公明党は29議席から3増の32議席になりました。自民と公明の与党は306から293へと12議席減になっています。しかし、これに維新を加えた改憲勢力は334議席となって3分の1の310を大きく超えたことに注意しなければなりません。
 小選挙区では幹部の落選が相次ぎ、甘利明幹事長が敗北して辞意を表明し、石原伸晃元幹事長も敗北しました。野田毅元自治相、若宮健嗣万博担当相、平井卓也前デジタル相、桜田義孝元五輪担当相、塩谷立元文部科学相、金田勝年元法相、原田義昭元環境相、山本幸三元地方創生相なども負けるなど、その打撃は数字以上のものがありました。
 自民党が議席を減らしたのは、野党の分裂によるアシストがなく、安倍・菅政治の民主主義・立憲主義破壊やコロナ失政への強い批判があったためです。これまでの自公政権のあり方にたいして、有権者は明らかに「ノー」を突きつけました。
 しかし、それがこの程度にとどまったのは、自民党の「作戦勝ち」だったように思われます。菅前首相のままで総選挙をたたかっていれば、もっと多く議席を減らしていたはずです。総裁選でのメデイアジャックによって自民党への好印象と支持が高まり、それが消えないうちに、新内閣のボロが出ないうちに、コロナの感染拡大が収まっているうちに、総選挙での決着を急ぐという奇襲攻撃が功を奏したことになります。

 共闘に新たな試練

 これにたいして、野党の側は「選挙共闘」という態勢を整えて迎え撃ちましたが、大きな試練にさらされました。立憲民主が110議席から14減で96議席、共産が12議席から2減で10議席、れいわは1から3議席で2増、社民は1議席で増減なしになったからです。
 ただし、共闘が一定の成果を生んだことは明らかです。289小選挙区中217で国民をふくめた一本化が実現しました。そうでなければ、小選挙区で甘利氏や石原氏などを落とすことは不可能だったでしょう。野党共闘は62選挙区で勝利し、惜敗率80%以上が54、1万票以内での敗北が31もありました。接戦にもち込んで次回への可能性を残した点でも、共闘には大きな意義がありました。
 それが十分な成果を生まなかったのは、立憲民主と連合(日本労働組合総連合会)の対応に問題があったからです。連合が共闘の足を引っ張り、それに遠慮した立憲民主が共闘に及び腰だという姿がみえたために、政権交代の「受け皿」として有権者に十分に認知されなかったのではないでしょうか。
 連合傘下のトヨタ労組が自民党に配慮して愛知11区で候補を取り下げたり、連合東京が12区で公明支援を打ち出したりするなど、疑問だらけの対応をくり返しました。このような連合に遠慮して、10月23日夜の新宿での野党共闘を呼びかける街頭演説の後、枝野氏が志位氏と2人で並ぶことを避けるという一幕もありました。
 これではブームが起きるわけがありません。このような中途半端なものではなく、本気の共闘こそがもとめられていたのではないでしょうか。共闘に問題があったのではなく、十分に機能できなかった点にこそ問題がありました。有権者に不安を抱かせず、沸き立つような期待感を高めることができるかどうかが、これからの大きな課題だと思います。

nice!(0)