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7月5日(木) 青木自民党参院会長の「緑資源機構疑惑」への追及を [スキャンダル]

 松岡さんの自殺で、「緑資源機構疑惑」は打ち止めになったのかと思っていました。しかし、今日の『しんぶん赤旗』には、これに関連する記事が出ています。
 青木幹雄自民党参院議員会長に対する疑惑です。青木さんは、まだピンピンしているのですから、遠慮はいりません。疑惑はドンドン追及するべきです。

 『しんぶん赤旗』は、「「緑資源」受注企業から 自民・青木参院会長に642万円 島根 整備事業に談合疑惑」という見出しで、次のように報じています。

 政治資金収支報告書(03―05年)によると、青木氏が支部長の「自民党島根県参議院選挙区第一支部」には受注業者7社から計642万円の献金があります。そのなかには、邑智西部区域の「農林業用道路」の用地調査業務を受注している「コスモ建設コンサルタント」(島根県斐川町)、同実施設計業務を受注している「出雲グリーン」(出雲市)から各150万円などがあります。
 東京地検特捜部は、5月25日、同事業を所管する緑資源機構の松江地方建設部(松江市)などを捜索。また、事業を担当する機構本部の部長や出先機関の担当者らからも事情聴取を行っていたと報じられました。

 「受注企業7社」というのは、疑惑が持たれている「特定中山間保全整備事業」の工事を「受注」している会社のことです。これらの会社から、青木さんが3年間で642万円の献金を受けていたというのです。
 工事の受注と献金との間に何らかの関連があるのでしょうか。青木さんが「口利き」した見返りとして、このような献金を受けていたのではないでしょうか。
 引き続き、この点についての疑惑を解明してもらいたいものです。

 この問題については、これまでもHPで何回か触れてきました。しかし、サーバーがダウンして、過去のHPを見ることができなくなりましたので、念のために、これまでの経過を簡単におさらいしておきましょう。

 私が青木さんに対する疑惑を最初に指摘したのは、6月1日付のHP「緑資源機構の闇に浮かんだ島根県」です。ここでは、6月1日付『東京新聞』が報じた記事「青木参院会長側に150万円 緑資源談合 特森協元幹部ら献金」を取り上げて、次のように書きました。

 緑資源機構の官製談合事件で刑事告発された財団法人「森公弘済会」(森公)や任意団体「特定森林地域協議会」(特森協)の元幹部らが、自民党の青木幹雄参院議員会長の政治団体に計150万円を献金していたことが判明したというのです。
 政治資金収支報告書によると、2003年から05年までの3年間で、青木さんの資金管理団体「青木幹雄後援会」に献金していた森公の関係者は4人で、特森協関係者は7人です。ほかに林野庁OBらが旧公団の林道工事を専門に請け負うために設立した建設会社「モリ技建」の元役員も15万円を献金していました。

 この記事は、続いて、次のように伝えています。

 青木氏の資金管理団体は1999年から一昨年までの7年間で、特森協と表裏一体の政治団体「特森懇話会」(特森懇)から、128万円の献金を受けたことが明らかになっている。特森懇と特森協からの献金は松岡氏がトップの720万円で、青木氏は5番目に多かった。
 機構は島根県江津市などの「邑智(おおち)西部区域」で、森林と農地を一体的に整備する「特定中山間保全整備事業」を展開している。農林道の建設や農地の区画整理、造林などで、総事業費は約120億円。
 林野庁の有力OBは「林道建設事業の政界での後ろ盾は以前、竹下登元首相と旧経世会だった。青木さんも特森協の総会に出席することがあった」と話している。

 ここでも、青木さんへの疑惑の献金が報じられていますが、その「出所」は「森公弘済会」(森公)や「特定森林地域協議会」(特森協)の元幹部と建設会社「モリ技建」の元役員で、金額は150万円や15万円と、それほど多額ではありません。
 また、団体では、「特森懇話会」(特森懇)から128万円の献金を受けていたことも明らかにされています。今回、『しんぶん赤旗』が報じたのは、これとは別で、地元の「受注企業」からの献金です。
 この二つの記事から分かることは、青木さんが緑資源機構やその受注企業から1000万円近くの献金を受けていたということです。これをわかりやすく示すと以下のようになります。

*「森公弘済会」(森公)や「特定森林地域協議会」(特森協)の元幹部らから計150万円
*建設会社「モリ技建」の元役員から15万円
*「特森懇話会」(特森懇)から128万円
*地元の受注業者7社から計642万円

 ここに出てきた金額を合計すれば、935万円になります。額もさることながら、問題になっている団体や企業から、まんべんなくお金が集まってきているという点が注目されます。
 秘密を抱えたままあの世に逝ってしまった松岡さんと、その構図はうり二つです。熊本であったのと同じような疑惑が、島根でも存在しているのではないでしょうか。

 これについては、すでに、6月5日付HP「やっぱり島根でもあった緑資源機構の官製談合」で、6月5日付『朝日新聞』夕刊の記事「緑資源機構 島根でも官製談合 高木理事ら認める」を紹介しながら、私は次のように書きました。

 農林水産省所管の独立行政法人「緑資源機構」(川崎市)が発注する林道整備の調査業務をめぐる入札談合事件で、独占禁止法違反(不当な取引制限)容疑で逮捕された同機構森林業務部担当理事の高木宗男容疑者(59)らが東京地検特捜部の調べに対し、島根県で発注した大規模事業での調査業務でも談合を行ったと認めていることが、関係者の話で分かった。

 ここに「島根県で発注した大規模事業」とあるのは、特定中山間保全整備事業のことです。「総事業費120億円に及ぶ大事業」とありますから、間違いありません。
 特捜部はこの事業を所管する緑資源機構の近畿北陸整備局京都事務所(京都市)の幹部らからも任意で事情を聴いているそうです。記事は、さらに次のように書いています。

 関係者によると、独禁法違反容疑で逮捕された高木理事と同機構林道企画課長の下沖常男容疑者(56)の2人は調べに対し、同事業の林道整備事業に伴う測量や環境調査の入札で、落札予定業者を割り振った官製談合を行っていたことを認めているという。割り振られた落札予定業者の結果は、下沖課長らを通じて地元の業者などに伝えられていたとみられる。

 島根でも、特定中山間保全整備事業をめぐって、熊本と同じような官製談合が行われていました。熊本では、松岡さんの有力後援者の建設業者が「緑資源の事業は松岡先生が予算を付けたのだから、先生に返さなければ」と支援を呼びかけていたことが分かっています。
 談合に加わったメンバーの6割は松岡さんに約1800万円を献金していました。熊本の業者と政治家は深く結びついていたというわけです。

 同じような談合が島根でも行われていたということになりますと、新たな疑問が生じます。その背後に「予算を付けた」政治家はいなかったのかという疑問が……。
 熊本での松岡さんと同じような役割を果たした政治家はいなかったのでしょうか。もし、いたとすれば、それは一体誰だったのでしょうか。

 ここでの私の問いに対する答えは、次第に明らかになってきているようです。さらにハッキリと名指しできるように、「緑資源機構疑惑」に対する追及を行っていただきたいものです。

 なお、すでにお気づきと思いますが、「論攷」というカテゴリーで既発表論攷をアップしました。これから、最近のものもこのカテゴリーでアップしていこうと思っていますが、HPに掲載していたもの全てというわけにはいきません。
 必要な論攷を指定していただければ、優先的にアップします。よろしくお願いいたします。


法政大学の選挙制度見直しと大原社会問題研究所の改革問題  [論攷]

はじめに

 「法政大学で何かが起きている」ということは、すでに多くの人の知るところとなっている。昨年の3月には市ヶ谷キャンパスに入ろうとしたデモの学生29人が逮捕され、4月にはグラウンドに座り込んでいる付属高校生の写真が新聞に掲載された。教職員の学内での集会も何度も開かれている。
 このような学生、付属高校生、教職員の動きは、この間、理事会が進めてきた「大学改革」に対するリアクションとして生じたものである。このようななかで、付置研究所に対しても、予算と事務機構の再編に向けての動きが強まっている。それはどのような内容であり、どこに問題があるのか。母校の恥をさらすようで気がすすまないが、選挙制度の見直しと研究所改革問題に絞って概略を紹介することにしたい。

役員選挙の見直しの提起とその後の経過

 まず、理事会が提起してきた役員選挙の見直し問題である。これは06年2月8日付「役員等の選出方法見直し」という「理事会決定」が示されたことによって表面化した。総長選挙を廃止し、理事会が指名した委員が過半数を占める選考委員会の推薦を受けて理事会が理事長を決め、その理事長が学長を兼ねるというのが、その内容である。これでは、教職員の意見が反映されなくなるだけでなく、事実上、次期理事会が現理事会によって指名され、理事長と学長の位置づけが逆転することになるとして、学内の各層から強い反対意見が出された。
 これに対して理事会は、学部長によって構成される検討委員会を設けて中間報告を受け、選挙制度を復活させた案(07年1月31日付「『役員選出規則の見直し』について(案)」)を出してきた。同時に、寄附行為を変えて、現行の位置づけを逆転させて理事長が学長を兼ねるとした。教学よりも法人の位置づけを高めたのである。
 しかし、この案でも総長候補者の事前審査制は残り、推薦された3人の候補者に対して選挙できるのは専任教員のみで、職員は被選挙権はあっても選挙権はないという奇妙な制度になっている。しかも、選挙の成立要件がなく、候補者が1人だった場合の信任投票もなかった。
 この過程で、選挙権を持つ専任教員の3分の2以上が選挙制度の変更に反対する意思を表明し、11学部中7学部が新たな提案にも反対、1学部が3月中の決定に反対との態度を表明した。これに対して理事会は、総長候補者推薦委員会の互選の比率を高める、成立要件を2分の1とする、信任投票を行うなどの手直しを行った新提案(3月20日付「『役員党の選出方法の見直し』について」)を出し、これを最終案とした。

改革案のどこが問題か

 この「最終案」については、①直接選挙から専任職員が排除されており、成立要件も2分の1と低い、②推薦委員会の委員21人のうち実質16人が現理事会の意向によって選ばれるため、「政権交代」を阻害される、③法人の経営権を強めて教学権を弱めることは、日本の大学改革のあり方としても大きな問題があるという3点を指摘することができる。
 第1の点については、何故、職員だけが排除されるのか、全く説明されていない。これまで、職員が選挙に参加することでいかなる不都合や問題が生じてきたというのだろうか。また、3人の候補が推薦され、過半数で成立するというのであれば、選挙人数の2割に満たない得票で当選することもあり得る。
 第2の点については、事前審査に基づいて推薦された候補者への投票が選挙と言えるのかという根本問題がある。また、法政大学は過去において不正事件が発生し、それへの反省として直接選挙が拡大されてきたという経緯もある。理事会案はこのような反省や経緯を無視しており、再び同様の事件を引き起こす恐れがある。
 第3の点では、日米の大学における財政構造と経営のあり方の違いを指摘する必要がある。改革のお手本とされるアメリカの大学は寄付に依存する度合いが高いが、日本は授業料への依存度が高く、法政大学の場合、8割以上が授業料収入である。資産の運用などよりも志願者の増加の方がより大きな意味を持つということであり、受験生を惹きつける魅力を高めることが決定的に重要である。そのための教学の充実と他大学との比較優位を示せる個性の発揮こそが、改革の目的でなければならない。
 つまり、日本の大学では、アメリカの大学以上に教学の役割が重要なのである。どのような教員がどのような研究や教育を行っているのか、どのような授業や便益が享受できるのか。施設や設備の充実と共に、それぞれの大学が持つ固有の魅力を高めアピールするために教学が果たさなければならない役割は極めて大きい。

研究所の改革問題

 この最後の点に、大原社会問題研究所(大原社研)を含む法政大学の付置研究所の改革問題も深く関わっている。つまり、各大学における研究所の存在は、研究や教育を充実させ、大学の個性を発揮し、その価値や魅力を高める点で大きな役割を果たさなければならないからである。
 したがって、このような目的に合致する改革であれば、研究所が拒む理由はない。それどころか、大学間競争が激化するなかで、大学の個性を強めて魅力を高めるために何が可能なのか、研究所としても、これまで以上の努力と工夫が求められている。
 しかし、残念ながら、この間、大原社研に提起されてきた改革構想は、このようなものではなかったと言わざるを得ない。これについて、大原社研は理事会に対して、概略、以下のような要望を出した。
 ①伝えられる見直し案は、専任職員の配置を停止し、将来的には研究所業務をアウトソーシングする方向で検討を始める、予算はゼロベースを基調とし、独立採算を目指して外部資金の導入をはかり、研究員の研究業績や科学研究費補助金の採択数などを勘案して重点配分するなどの内容と理解される。②この内容は事務サイドから段階的に提示されてきたもので、所長に対する正式の説明はない。研究所担当理事は速やかに面談に応じ、協議の場を設けて欲しい。③見直し案は、大原社研の業務遂行を阻害する可能性が高いだけでなく、大学の研究所全体の研究水準の低下と研究・教育を支える基盤の脆弱化につながる危険性があり、再検討してもらいたい。
 ここでも指摘しているように、最大の問題は、研究所の改革構想が事務組織のあり方や予算配分の見直しとして事務レベルで通知され、教学問題として所長に対するきちんとした説明がなされていないという点にある。明確な理念や方針なしに事実上の改変が事務レベルで、なし崩しに進められ、気がついた時には継続的な事業が不可能になっているというのでは困る。
 研究所は大学に属し、大学の一機関として研究成果を輩出するものである。と同時に、社会全体に対する学術的な貢献や研究サポート機能も持っていることを忘れてはならない。研究所全体の事業やパフォーマンスは個々の研究員のパフォーマンスと矛盾することもある。これらを全体として総合的に評価しなければ、「角を矯めて牛を殺す」過ちを犯すことになろう。しかも、事務組織の改編によって研究員の事務処理上の負担が増せば、研究のための時間や労力を犠牲にせざるを得なくなる。これは、大きな矛盾だと言うべきであろう。

むすび

 改革ばやりの昨今、「変わること」自体が善であるかのような誤解がある。もちろん、必要な変化や改革は進めなければならないが、最低限、きちんとした理念や方針に基づき、関係者への説明が十分になされなければならない。
 また、「改革」の大義名分に隠れて、コスト削減の偏重と過度な競争の導入、民主的手続きの軽視、意思形成プロセスからの職員の排除、教学の軽視などの問題点もかいま見える。「独立採算」などという達成不可能な目標を掲げられても、途方に暮れるばかりである。
 以前なら、「このテーマは学問的に重要だ。カネにならないからといってやらなくても良いのか」と言えたが、今では、「補助金をもらえないようなテーマはいかがなものか」と言われそうである。学術研究者としての気概と矜持は、一体どこに行ってしまったのだろうか。
 理事会と大学構成員は、ともに大学の発展を願っている点では共通しており、本来、対立するはずのないものである。それが様々な軋轢を生むのは、理事会が構成員を信頼せず、改革を焦るあまり強権的な手法に走り、大学の自治と民主主義がないがしろにされるからだと思われる。残念ながら、法政大学もその例外ではない。
 しかし、大学の改革は全構成員の理解と協力によってこそ、初めて可能になる。強権的で非民主的なやり方は、結局は改革自体の基盤を堀り崩すことになろう。構成員の理解と協力なしに大学の改革は不可能であり、よしんば、外見的に進んでいるように見えたとしても、それは決して「改革」の名に値するものではない。
 この間、「法政大学のガバナンス問題を考える教員有志」の会が結成され、若手・中堅を中心に150人以上が加わり、「ガバナンス問題」通信が54号まで発行されている。このような運動が自主的に展開されてきたという事実そのものが、大学改革を担うことのできる主体の存在を証明しているように思われるのである。

(日本科学者会議『日本の科学者』第42巻第7号、2007年7月号、所収)